渡邊哲子(わたなべさとこ)プロフィール
兵庫県神戸市出身。南カリフォルニア大学(USC)にてソーシャルワーク大学院修士号を取得。2010年米国ニューイングランド地方6州に住む日本人と日系人のための社会福祉の非営利団体「JB Line, Inc.」を設立。日英語のサポートライン、ケースマネジメント(離婚・親権・ハーグ条約を含む)、シニアサポート、子育て世代支援、郊外支援を含むアウトリーチなどの支援を通して、さまざまな問題で悩む日本人・日系人のための相談業務に携わる。約150名のボランティアの方、スタッフや理事の協力とともに、困っている人がいれば共に乗り越えられるよう取り組んでいる。
団体は2018年外務大臣賞、2022年Thayer Awardを受賞。
マサチューセッツ州公認ソーシャルワーカー。またJB Lineと別にアメリカの悩む方々のためメンタルヘルスのセラピストとしても従事。ニューヨークを拠点とする「邦人医療ネットワーク(JAMSNET)」理事。
◆JB Line, Inc.https://www.jbline.org
邦人医療ネットワーク(JAMSNET):  https://jamsnet.org


私の住むマサチューセッツ州では、現在、 1 月 30 日を「フレッド・コレマツ市民の自由と憲法の日」と定め、毎年その意義を提唱することを州議会に提案しています。すでにこの法案が通った米国6州では、毎年、フレッド・コレマツの誕生日にちなんだこの日に、アメリカ憲法で保証された市民の自由の重要性を再確認することを宣言しています。

日系人のフレッド・コレマツ氏は第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容の不当性を主張し、収容命令に従わずに逮捕されました。その後日系人の強制収容の違法性について裁判で戦いましたが、最終的には1944年に最高裁で違法ではないとの判断が下りました。この判決自体は現在でも覆ってはいませんが、2011年にはアメリカ合衆国司法省が日系人の強制収容は過ちだったことを公式に認めました。


コレマツ氏は投獄され、収容されても間違っていることは間違っていると主張し続けた公民権運動の先駆者です。

「フレッド・コレマツデイ」は、そうしたコレマツ氏の行いから学び、日本人に限らず「人種・宗教、考えの違いを越えて人権は守られるべきであり、正しいことは正しいと主張することの重要性を確認する日」なのです。


コレマツ氏の言葉に、“Stand up for what is right. Don’t be afraid to speak up”(筆者訳:正しいと信じるもののために立ち上がり、声をあげることを恐れてはなりません)があります。

このメッセージは、今の日本においても大切なのではないでしょうか。



この「フレッド・コレマツデイ」の法案(下院第3119号)を請願している人がサマービル市のエリカ・ウイターホーフェン州下院議員です。https://www.electerika.com/meeterika 

日本人のシングルマザーに育てられたエリカさんは、米国では移民であるお母さまから慈しみの心、勤勉さ、そして目標にかける努力を学んだと言います。

エリカ・ウイターホーフェン州下院議員

マサチューセッツ州議事堂



今回の議会に「フレッド・コレマツ市民の自由と憲法の日」の制定を提案した理由として、法律の授業で有名な「コレマツ対米国合衆国事件」を学び、なかなかSpeak Up(声をあげる)ことが難しかった自分が、勇気を得て問題提訴できるようになり、今議員として活動できるようになった。正しいと思うことのために立ち上がる強さを皆が学ぶべきと感じるから、と話しておられました。

 フレッド・コレマツ氏の娘、カレンさんとミッシェル・ウー市長

そして先日、州議事堂で行われたフレッド・コレマツデイ制定に向けての集まりには、ボストン初の女性、また初のアジア系市長であるミッシェル・ウー氏も参加し、同じように問題提訴の大切さを訴えました。

米国に移住して25年になる筆者も、渡米した当初より、周りの人に忖度することなく、正しいと思うことに声を上げるアメリカ人の態度、Advocacy(権利擁護)活動に感動してきました。日本では、特に女性は、相手に合わせることを文化的に求められ、自分の意見があったとしても周りに波風を立てないようにすることが良いと自然と学んできました。

では米国人女性は波風を立てるのかというと決してそうではなく、感情的になることなく、建設的なアプローチで周りの協力を得て、人々を自然と巻き込み、しなやかでポジティブな主張をしていきます。その美しい強さに感動したのです。



ソーシャルワークの大学院の授業でも「社会弱者のためにどのようにAdvocateしていくか」という授業があり、スーパーマーケットで賃上げを目指す移民たちと一緒にピケ・ラインに看板をもって並んだり、カリフォルニア州の議事堂で議員たちに訴えを聞いてもらったり、効果的な説得の仕方を学んだことを思い出します。

ここで大切なのは、Advocacyとは単に自分の意見を主張するだけではなく、「正しいと信じること」また「弱い立場にいる人のために」声をあげ、社会変革を訴えることだという点です。また日常的には、周りの人が差別をされていたり、マイクロ・アグレッションに合ったりするときには、いつでも周りの目を恐れず相手のために声をあげること。そのためには、常に覚悟が必要かもしれません。

私は日本にいてもアメリカにいても、いつでもそうして困っている人の権利を擁護できる自分でいたいと思っています。コレマツ氏は、周りの家族や、これ以上の被害を被りたくないという同じ日本人から応援してもらうことができませんでしたが、今の時代、自由に声をあげることができる私たちは恵まれています。

*スピーチのノーカット版はこちら(Boston City TV):
https://www.youtube.com/watch?v=lhvdruZs-so&t=2095s

もう一つ私が大事だと思うのは、問題は社会システムや相手の行動であり、相手の人格そのものではないという認識です。共感できない人というものも時にはあるかもしれませんが、相手にとっては別の見方が真実なのかもしれません。

人間は複雑で、育った環境によっても様々な影響をうけ、違った考え方を身につけます。そうした違う視点を頭から否定せずに、全く違う視点から見る人の意見を聞く、また理解し難い考え方を持つ人のバックグラウンドと近い人と話す、あるいはその人に近い人物が描かれている本や映画を見る・読むなどさまざまな工夫をし、一つの行動に至った人の考えを少なくとも4通り考えられるよう、私のような支援職は訓練を受けます。

私は特に自分が正しいと思うことに先走りがちであり、こうして考えを広げるのが得意ではありません。今も日常的に努力しています。そうした練習をするのは、自分とは大きく違った考え方を持つ人に出会っても、その人の考えを頭から否定せずに受け止め、そこからどのように相手と建設的に新たなハーモニーを生み出せるかという前向きなヒントが浮かんでくるようになるからです。