性別役割意識に囚われてるのは、男性だけなのか?


 妻の米国赴任を受け、逡巡しながらも、最終的には会社の休職制度が後押しとなり、政治記者から駐夫(ちゅうおっと)に転じ、3年3カ月にわたって米国で暮らしました。
 それまでの私は、共働きであるにもかかわらず「男は仕事、女は仕事と家事・育児」を地で行くような昭和男子でした。仕事の多忙を理由に、家のことを妻にほぼ丸投げしていた生活から、性別役割を交換し、家事・育児に専念する毎日を送ることとなりました。稼げなくなった自分に直面し、レーゾンデートルが揺らぎ始めたと同時に、いかに自らが硬直的・固定的なジェンダー規範に縛られていたかを突き付けられたのです。
 本書では、駐夫10人に加え、妻より経済的・社会的地位で下に見られる男性2人の計12人へのインタビューを通じ、性別役割を柔軟にスイッチする生き方に踏み出した男性像を「令和の新潮流」として描きました。とりわけ、長時間労働に代表される日本的雇用慣行にどっぷり浸かり、単線片道型キャリアを走り続けていた駐夫たちは、海外における男性の柔軟な働き方やキャリア形成に触れ、自らの観念や価値観を大きく変貌させます。帰国後のキャリア再設計を見据え、現地で何かしらのスキルを磨き、体得した上で、新たなキャリアを築き上げることに至りました。
 かように紹介すると、いかにもスムーズに流れたかの印象を与えますが、内実はそんな単純なものではありません。稼得能力の喪失に呆然とし、妻より立場が下になった現実を受け入れられず、激しい葛藤にさいなまれました。買い物の際に、自分で稼いだお金ではないという意識に支配され、欲しいものを手に取っても、棚に戻す男性もいました。
 日本社会で働いてきた、それこそ、どこにでもいるような駐夫一人一人には、岩盤の如く、ジェンダー役割意識が深く染みついていました。自らが最終決断して同行したがゆえに生じる自己責任が重くのしかかり、押しつぶされそうにもなりました。それらを何とか取り払い、男の甲斐性やら男子の沽券やらから、自らを解き放ったのです。
 男性の語りからは、夫よりも上に見られたくない、大黒柱になりたくない女性パートナーの存在も浮き彫りになりました。この国に広く強く充満する性別役割意識は、男性だけでなく女性も苦しめており、実のところ、ジェンダー役割規範に囚われているのは男性だけでないのではないか。
 本書を世に上梓した今、そんな思いを改めて強く抱いています。

妻に稼がれる夫のジレンマ ――共働き夫婦の性別役割意識をめぐって (ちくま新書 1773)

著者:小西 一禎

筑摩書房( 2024/01/11 )