WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。2024年3月17日現在、同データベースには1,579論文が登録されています。これら登録論文または博士論文に基づく著書を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文報告会」を開催しています。その第7回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:2024年3月17日(日)9:00~12:30
開 催:オンライン
参加者:26名
内 容:
第1部
報 告 郝 洪芳『越境する親密性 ー東アジアの紹介型国際結婚とグローバルな家族』
コメント 牟田和恵(女性学、社会学)
第2部
報 告  北村 美和子"Analysis of Gender Imbalance in Tsunami Evacuation: A Study Drawing from Community Archive Records of Disaster"
コメント 山根純佳(社会学、ジェンダー研究)
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第1部ではまず、著者郝洪芳さんが、博士論文に基づく著書『越境する親密性 ー東アジアの紹介型国際結婚とグローバルな家族』の内容を紹介されました。本書は、結婚と国際移動をめぐるダイナミクスをトランスナショナル的に分析したものです。東アジア(日本・中国・ベトナム・台湾)における紹介型国際結婚の実態を結婚当事者と仲介業者など88名へのインタビュー、数名への結婚・離婚・再婚までの長期間追跡調査から解明しています。特に、国際結婚時の仲介者となる業者の存在と家族の関係性にも踏み込み、家族のグローバル化を指摘した書となっています。また、報告の中では博論後のご研究についても紹介いただきました。報告に対して、コメンテイター牟田和恵さんは、本研究から得られる示唆をいくつか指摘したのち、親密性とグローバルな移動、ケア労働と移住、結婚移住の関係、この現象の世界史的意味、等について著者と議論を交わされました。続く会場討論では、指導教官の落合恵美子先生も参加され、本書の長期間追跡調査の意義の高さについて補足説明があったほか、参加者の方も所感を述べられました。
第2部では、北村美和子さんが博士論文『Analysis of Gender Imbalance in Tsunami Evacuation: A Study Drawing from Community Archive Records of Disaster』の内容を紹介されました。本論文は、災害とジェンダーの視点から博士(工学)を取得した興味深い論文です。海外では、災害とジェンダーを論じた研究があるものの、日本ではまだ途上といってよい状況にあります。本論文は、東日本大震災後の女性の避難行動に焦点をあてた詳細な研究となっています。男女間で生死に関する被害者数に大きな差はなかったものの、避難行動に関しては大きなジェンダー差があり、女性は親族間のケア、男性は社会的なケアにより避難行動の違い・遅れが生じ人的被害につながったとの指摘がありました。コメンテイター山根純佳さんは、本研究から得られる示唆をいくつか指摘したのち、データの特徴、嫁としての避難行動、ケアワーカーの脆弱性、避難計画のあるべき方向性等について著者と議論を交わされました。続く会場討論では、参加者の方も所感を述べられました。また、博士論文の内容だけでなく、博士(工学)を取得するために聞き取り、資料分析だけでなく資料収集方法や統計データ・分析として可視化することの苦労なども語られ、参加者に対し博論執筆の示唆がありました。

参加者アンケートでは、回答者の全員が、「参加目的は十分/概ね達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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■第一部の郝洪芳さんの研究報告では、15年以上もの長きにわたって、インタビュー対象者とこまやかな関わりを保つなかで聴取された東アジアの国際結婚の状況を詳しく知ることができた。 また、ゴッフマンのドラマトゥルギーの枠組みを用いた聴取内容の整理は説得的で、東アジアの国際結婚の構造の理解を深めることができた。
牟田和恵先生のコメントには、郝さんの研究をこのようにとらえることができるのかと理解が広がり、多くを学ばせていただいた。
指導教員の落合恵美子先生のコメントからは、郝さんの研究への取組姿勢やプロセスを伺い知ることができ、さらに研究への理解が深まった。同時に、社会のありよう・社会への包摂性(公共圏)との不可分性は、東アジアの国際結婚に限らず、我々ひとり1人の親密な関係性も同じであるというご指摘に共感した。「親密さ」に含まれる「純粋な関係性」ではない部分をどのように解釈し直し、説明していくかは、現代日本社会の「親密な関係」の把握・理解にとってひじょうに重要だと思う。 郝先生の現在の問題関心、移住家族の親子関係もとても興味深い。
第二部の北村美和子さんの研究報告もひじょうに貴重な知見かつたいへんな労作と感じた。資料に出会うまでの苦労や、データ化の苦労、工学部でご自分のスタイルの研究を重ねることのご苦労など、多くの忍耐と強い信念のうえに研究をかたちにされていった熱意と力量に感銘を受けた。大槌町の住民の方々が13年たってようやく「あの時のようにならないためにどうしたらいいのか」を語り始めたというお話には、当事者の方々のリアリティの一端を見た。また、家族を助けずに自身が助かった嫁に対する周囲の厳しい姿勢のお話は、地方に住んでいる私には、ひじょうに重く説得的で、当地でも然りではないかと思った。地域で「災害発生後〇分までは助けに行く、〇分たったら避難する」といった合意事項をつくり、共有しておく、という指摘は、現実的で大切だと思った。自身の認識とし、周囲にも伝えたい。
山根純佳先生の、たとえば「認知症」など、語り得ず、語られ難い方々のようすは記録されないという、記録におけるデータの制約の指摘には、データから洩れ落ちるけれども重要な情報をどのように補い、分析に組み込むかということについて考えさせられた。また社会でケアをいかに分け持つかという視点もとても重要と感じた。御近著も拝読したい。
なお、北村さんが『生きた証』より抽出された30のカテゴリーについて、気になった点がある。「07迎えに行った、もしくは迎えに来るのを待っていた」は、「迎えに行った」は能動的、「迎えに来るのを待っていた」は受動的で、行動としてひとくくりにし得るのか疑問に思い、ひとくくりにされた経緯が気になった。「迎えに行った」と「迎えに来るのを待っていた」それぞれの割合も知りたく思った。また、「迎えに行った」は「24.他者を助けに行った」「25.他者を避難させた、もしくは避難を促した」と重なるようにも感じられ、それぞれ独立の項目として区別された所以を知りたい。次回も楽しみにしている。
■大変素晴らしい報告会で、興味を掘り起こされた。第1部の発表では、結婚とはそもそも何なのか、に立ち戻り考えさせられた。カップル間に権力や経済力に勾配が存在する関係や、親族や地域との関係性など、さまざまな困難があってもなお、結婚という慣習が、生きていく上で優位で便利に利用されることを再認識した。第2部もたいへん興味深く、工学研究にジェンダーの視点を導入された北村さんに敬意を表する。山根先生が、報告者からケアの視点からの考察を引き出してくださり、災害の際に可視化される男女の不平等について、もし自分だったらと想像せずにいられなかった。
■人選、運営等、担当者の労を多とする。山根先生のコメントは切れ味鋭くパワフルだった。また、工学分野に「一石」を投じられた北村さんのご研究に感動した。KJ法はこう使う、と納得。国際結婚を長年かけてディープに掘り下げられた郝さんのお話からは、「歴史・連鎖・ドラマツルギー」という言葉が印象的だった。そして、郝さんの研究へのエネルギーに感服した。審査の際「親族の他者化」という概念が問題になったとのことだが、私の中では「親族の他者化」という言葉は妙にすとんと腑に落ちた。
■大変面白かった。今まで知らなかった領域について知ることができた。ジェンダーはどこにでもはびこっていることを、認識させられた。落合先生の感想の伝え方が勉強になった。
■研究の土台を支える丁寧な関係構築について生の経験を聞かせていただくことができた。身の引き締まる思いで聞いた。
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知見も、論文提供者も、コメンテイターも、参加者もそれぞれが相対化される、濃密な考察と対話のひとときでした。WAN博士論文報告会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。

文責:WAN博士論文データベース担当 寺村絵里子・内藤和美