人間と政治について考えるために
岡野八代さんの『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』は、小社でフェミニズム関係の書籍をリードしてきた前任者から引き継いだ企画だった。政治学者の岡野さんは日本におけるケアの倫理研究の第一人者であり、フェミニズム/政治思想に基づいてこの倫理を論じ、いくつもの重要な書物を著してこられた。近年、ケアの倫理に関する本は増え続けているが、この倫理をフェミニズムの歴史に位置づけて、その誕生から今日までを論じた本はなかった。岡野さんは本書でその課題に正面から取り組んでくださった。

人間はケアされる/する存在であるにもかかわらず、ケアを担わされてきた存在(多くは女性)は貶められてきた。彼女たちは自身の経験を語る言葉を奪われ、言葉を発したとしても傾聴に値しないおしゃべりとして扱われた。「自立した個人」を前提とし、男性の論理で構築された社会のなかで、女性たちが自らの経験から編み出したのがケアの倫理である。本書では、黙殺されてきた女性たちの「声」を聴き取り、ケアの倫理を見出したキャロル・ギリガンの名著『もうひとつの声』を詳細に読み解いたうえで、ケアにまつわる権力関係、ケアを担う人が陥るジレンマなどを論じてゆく。そして、無視されてきた「声」を聴き取ることを通じて政治を変革する可能性を展望する。

本書の最後で岡野さんは、実は日本においてこれまでもっとも後回しにされてきたのが政治だ、と指摘する。ケアを誰かにまかせておける特権的な人びとを中心とする政治を変えるために、あまりにも偏ったケア配分の見直しが求められている。

少子高齢化が進むなか、子育て支援金という名の増税、介護保険の切り崩しなどケアが焦点となっている日本において、人間存在の原点に立ち返り、政治を根本から問い直す『ケアの倫理』は必読の一冊だと思う。

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https://www.iwanami.co.jp/book/b638601.html

◆書誌データ
書名 :ケアの倫理ーーフェミニズムの政治思想
著者 :岡野八代
頁数 :336頁
刊行日:2024/1/23
出版社:岩波書店(岩波新書 新赤版 2001)
定価 :1364円(税込)

ケアの倫理──フェミニズムの政治思想 (岩波新書 新赤版 2001)

著者:岡野 八代

岩波書店( 2024/01/23 )