詩の言葉によって平和と人権を考えるアンソロジー


この夏は、戦後79年の夏でした。マスコミは、戦争体験者がいなくなった後のことをつねに気にかけているようですが、本当に怖ろしいのは、戦争の記憶が様々な形で刻まれ、いかにして平和な世界を実現するかという思考と行動を促す書物を、誰も読まなくなったときではないでしょうか。

ロシアによるウクライナ侵略も、イスラエルによるガザ侵攻も止められない世界で、より多くの人に読んでいただきたい詩と短歌と俳句のアンソロジーに参加しました。

本書の特徴は、被爆者や戦争体験者の声を伝える作品に加えて、戦争体験者から戦後世代までの様々な「詩の言葉」によって、「広島」「長崎」「沖縄」と空襲や特攻やシベリア抑留の記憶を語り継ぐ作品が掲載されていることです。さらに、アフガニスタンやウクライナやガザの現状に対する怒りと悲嘆に満ちた作品も掲載されています。本書では、「詩の言葉」を通して、カントの「永遠平和」と宮沢賢治の「ほんとうの幸福」にいかにたどり着くかという考察が行われています。一部をご紹介しましょう。

兄さん
あなたのことを語ろうとすれば
あまりにも生々しく
最早詩には手に負えません
兄さんの本当の顔って
どうだったのか
あなただって末っ子の顔など
疾うに忘れてしまったことでしょう

この波平幸有の詩「渇いた涙が再び芽吹くよう」(部分)は、今は東京に暮らす詩人が、語っても語りつくせない沖縄戦の記憶と、戦争はいやだと叫んでも戦争が終わらない現実を切々と訴えています。

私は『現代短歌』(現代短歌社)の「特集 辺野古を詠む」に発表し、歌集『かがやけ』(北冬舎)に収録した短歌連作「晴(ぱ)りん 雨てぃあ 無(にゃーん)」十三首が本書の編集部の目にとまり、十首を掲載していただきました。この連作は、沖縄の歌友の案内によって、チビチリガマや佐喜眞美術館や辺野古を訪問した後、「本土」の人間として沖縄にいかに寄り添えるかという問題意識をもって作ったものです。勤務先の大学図書館で出会った、牧港篤三の詩「水汲み 王城内の井戸(カー)」の「一滴の 星屑の 水を運べ」を詞書にしています。包囲戦の中で「水」を運び命をつなごうとする行為は、私の短歌連作では平和を求める行為へと変換されています。辺野古の基地建設のための埋め立て工事によって、生きる場所である水辺を奪われた海洋生物のことも念頭に置きました。

なぜ水をこぼすの 水を 向き合って静かに話したい夕凪に
水こぼし 残れる水に星くずのかすかな光 君に手渡す
またあいに来ます 今ならまだあえるあなたに 今だからあえたあなたに

四章「沖縄を語り継ぐ」には、「人間の血を吸い尽くしたる土地にして黒い尾翼の構図となれり」(平山良明)、「しかすがに教師はいかる日本国しつぽの先のそのさきで怒る」(名嘉真恵美子)という短歌や、アメリカ軍上陸時に皆の見本になるべく可愛い孫を殺した校長と、その直後、「あれ、白い鳥がいる」と叫んで孫たちと走り出し、命拾いをさせた祖母の思い出を祖父から聞いたという詩(高柴三聞「白い鳥」)、「ファシズムの扉が開く海の葬式」(普久原佳子)という俳句など、沖縄在住の作家の作品が多く掲載されています。次の詩は東京の詩人による詩です。

じゅごおん
てをつなげばじゅごおん
くさりはちぎれる ぶきはさびる
こっきょうはきえる きちはとけさる
(小田切敬子「じゅごんのにちようび」(部分))

これは、2015年に国会議事堂を手の鎖で包囲して、沖縄に基地は要らないとアピールした運動に基づく作品で、詩の言葉が、祈りとも願いとも励ましとも言いがたい独自の光を放っています。

六章「アフガニスタン・ウクライナ・ガザ・世界は今」には、2023年1月に始まり、今も世界に広がる「詩の檻はない」運動を展開している、アフガニスタンの詩人ソマイア・ラミシュの詩「(私はまだ生きている、)」が掲載されています。戦争や迫害による世界の難民の増大について、命がけの脱出のあとで難民が人間として扱われなくなるという残酷な事実を、詩の言葉で訴えた秀作です。ソマイア・ラミシュの本書への参加は、2023年12月に来日したソマイア・ラミシュを囲むシンポジウム「アフガニスタンと日本の詩人による知性対話:言論の自由と女性の地位、社会の解放について」を聴講した、本書の編者の一人である鈴木比佐雄の英断によるものです。

ソマイア・ラミシュの詩を日本語に訳した岡和田晃は、「病院に爆弾を落とすな!」という詩によって、イスラエルによるガザにおける虐殺と、見てみぬふりをする各国政府を、人権のダブル・スタンダードとして、厳しく非難しています。そして北海道におけるセトラー・コロニアリズム、アイヌに対する今も続く差別を取り上げて、日本もこの問題と無縁ではないことを読者に想起させます。

一気に読むことはとてもできないアンソロジーです。お手元に置いて、少しずつ読むことをおすすめします。

なお、本書は来春、英語版が出版される予定です。

 *詳細は以下(版元サイト)からご覧いただけます。
 https://www.coal-sack.com/syosekis/view/3025/
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◆書誌データ
書名 :広島・長崎・沖縄からの永遠平和詩歌集:報復の連鎖からカントの「永遠平和」、賢治の「ほんとうの幸福」へ
編者 :鈴木比佐雄、座間寛彦、羽島貝、鈴木光影 編
頁数 :384頁
刊行日:2024/8/8
出版社:コールサック社
定価 :2200円(税込)

広島・長崎・沖縄からの永遠平和詩歌集 ―報復の連鎖からカントの「永遠平和」、賢治の「ほんとうの幸福」へ

著者:鈴木 比佐雄

コールサック社( 2024/08/08 )