
『「記憶」のなかの戦後史』を出版しました。
出版にあたっての、著者・向井承子さんからのメッセージです。
8月15日、敗戦の日にフェミックスから『「記憶」のなかの戦後史』を出版しました。『We』誌に6年にわたって連載してきたものに書き下ろしを少し加えたものです。
連載を始めたのは70代も終わりごろでした。あの戦争末期に生まれ、大空襲の炎の底から生き残った自分のその後、現在までの記憶を伝え残そうか、という思いからでした。
自分史といっても、だれひとり国家、社会、世界の流れから切り離された存在ではありません。私自身、幼い日には戦争体験こそありましたが、わけもわからぬ子どものころで、長じてからは子育てに悩み、終われば老親の老いや病いに直面。気がつけば自分の老い路にさしかかっている。そんな日々でしたが、ひとり語りを記すうちに、生きてきた時間が日本の歴史のなかでも特異な時間だったことに気づかされたのです。自分史といっても、語り継ぐ意味もあろうかと思い立った次第です。
生まれたのが第二次大戦勃発の1939年。幼児期の記憶といえば、東京大空襲に始まり、日本中を焼き尽くさんとばかりの米軍による全国各地の空襲、そして原爆投下に至るまでの凄惨なものばかり。幼い心に残る家族の会話も、表立っては戦争協力を「銃後」として強いられながらも、戦争を招いた国家への憤り、戦争の残酷さへの嘆き、怒りばかり。私自身、豊島区、板橋区、荒川区などを襲った第二次東京大空襲(城北大空襲)の絨毯爆撃の底を逃げまどった記憶は、いまも記憶の原点に居座って離れません。
「陛下の玉音」など子どもにはわけがわからないままの突然の敗戦でした。驚いたのは戦争に負けたとたんに、鬼畜と教えられていた米軍が占領軍としてやってきて、それからはまるで降臨さながらの戦後民主主義教育で、平和、人権など聞いたこともないことばを教えられ、戦争は悪いことだ、日本は悪いことをしたのだと教えられたことでした。あっけにとられながらも、平和ほど嬉しいことはないと喜んでいたのに。今度は、またも突然に、世界は冷戦構造とやらで日本は再軍備への道へと進路変更。朝鮮半島では朝鮮戦争が始まって…。
憎むべき悪だったはずの戦争だったのに、今度はその戦争のおかげで、貧困と混乱の極におかれていた日本はみるみる経済大国とやらに成り上がり、平和、人権、戦争放棄を掲げた戦後民主主義教育など邪魔とばかりに当の米国から放棄を迫られ、逆コース時代の到来です。思えば物心ついてから中学生を終えるまでの時間、人間としてものの考え方の基本を養う大切な時間に、価値観の極端な転換を強いられながら育った子どもでした。
それからは、いろんな時期がありました。経済の繁栄につれ公害が深刻化。水俣病、四日市ぜん息などは氷山の一角ですが、ふつうにくらしていて、魚も食べられない、母乳にはPCBが入り込むなどなど…。そもそもは人間の幸せのために産み出してきたはずの技術が、人間を襲い苦しめるという本末転倒の時代の到来です。そうこうするうちに、高齢化社会の到来。老いや病などという人生の避けがたい場面のひとつひとつが、国の財政事情で「点数」で評価されるようになり…。その渦中に高齢者入りした年齢で、政治・制度の変化の断片がひとつひとつ毒針のように心身に、くらしに刺さるのを感じました。
まもなく86歳。こんな時間をみつめ、考えながら歩いてきた高齢者の日記のようなものです。
最近、テレビでヒロシマの原爆体験を、なんと被爆四世の高校生たちが語っている姿を眼にしました。祖父母、両親から耳にしてきたことを、なんとか伝え続けようとする姿に感銘。戦争・戦後の直接の体験者として、いまや私は数少ない生き残り。こうして書き残すのも与えられた使命なのかもしれません。この本は次世代、次々世代の方たちへと読み継がれることを願っての、最後のメッセージのつもりです。
■書誌データ
書名:『「記憶」のなかの戦後史 』
著者:向井 承子
頁数:296頁
刊行日:2024/8/15
出版社:フェミックス
定価:2420円(税込)
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貧困・福祉
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