学生ローン、オイルサンド、環境汚染、使い捨ての出稼ぎ労働、ハラスメント…。どれもこれもまさしく「今」の社会課題にひりひりする。本書は、多額の学生ローンを返済する「最善で最速の方法」として、オイルサンドの採掘現場で働いた2年間の体験をありのままに描いたコミックノンフィクションだ。
450頁と分厚く、海外のコミックの絵柄とコマ割りに最初は少々ひるんだが、途中からページを繰る手がどんどん加速し、登場人物たちの言葉に何度も心を揺さぶられた。ぜひ誰かが読むきっかけになればという気持ちでこの文章を書いている。
著者であり主人公でもある21歳のカナダ人・ケイティは、2005年からの2年間、家族の反対を押し切って、好景気に沸くオイルサンドの埋蔵地アルバータ州で働く。
職場は男女比50対1の圧倒的な男社会。夜にはマイナス40度にもなる過酷な環境。住まいは年上の出稼ぎの男たちと一緒の仮設のワークキャンプ。全員が「退屈、隔離、孤独、絶望が積りに積もって」耐えがたさを感じているなかで、相手への配慮や気遣いは存在しづらい。
業務は危険で命を落とす男たちもいる。メンタルを病む人、汚染された空気のせいか病む人も多い。家族とは遠く離れている。そうしたなかで、性差は男たちがたまったうっぷんをはらすための絶好の道具となる。横行する性的嫌がらせ、性的暴力がケイティを押しつぶす。
DUCKS(カモたち)という不思議なタイトルは、オイルサンドの採掘により汚染された貯水池に飛来してきたカモが大量死し、ニュースとなった実際の事件からつけられている。
過酷な2年間を主人公はどう乗り切るのか、DUCKSの一羽とならずに学生ローンを完済してここから脱出し、「ハッピーエンド」に達するのか。ケイティがたどり着いた場所は私の想像を超えていた。
誰かにつくられたニュース、企業や社会が望む世論でつくられたステレオタイプに無自覚にはまってはいないか。リアルな体験を知ることの力を改めて感じている。
オバマ元大統領が2022年にベストブックに選んだ1冊で、現在の著者は21世紀で最も成功した北米の女性マンガ家のひとりだそう。かわいらしくも、抜群の描写力のある絵も素晴らしい。凍てつくオイルサンドの荒れ野、空を覆うオーロラ、真夜中に出会った片足のキツネにあふれる情感にも揺さぶられた。本の紙質も色も美しく、愛情をこめて編集されたことが伝わってくる。
◆書誌データ
書名 :DUCKS(ダックス)仕事って何?お金?やりがい?
著者 :ケイト・ビートン
訳者:椎名ゆかり
頁数 :448頁
刊行日:2024/10/24
出版社: インターブックス
定価 :3080 円(税込)
2024.11.04 Mon
カテゴリー:わたしのイチオシ