今日の韓国男子たちを呪縛する、「男なら…」のこじれの歴史を明らかに。フェミニズムへの応答としての韓国男子論

ここ10年来、日本の「5年先を走っている」かのような韓国のフェミニズム運動が精力的に紹介され注目を集めた一方で、それと表裏をなす韓国の「男の問題」は、日本人から見ると、小さな疑問の数々、わからなさの靄に包まれています。男性アイドルグループの兵役がなぜ国会を揺るがす争点になるのか、なぜ若年男性がバックラッシュの政策を支持するのか、女性を標的にしたデジタル性犯罪蔓延の根源はどこにあるのか……。

本書が描き出す「男の問題」の歴史は、韓国社会がジェンダーに関連して抱える難題の複雑なニュアンスを理解する手がかりに満ちています。そして、日本に暮らす私たちが本書を読めば、ここに描かれている問題が、日本国内にある問題と酷似していることにも気づかずにはいられません。日本とは大きく異なる現代史をもつ国の話であるにもかかわらず、日本社会への振り返りをいたるところで喚起する感情史が展開しています。

多くの男性優位社会で守られてきた不文律を、フェミニズム・女性学が粘り強く指摘し続けてきた成果として、文字通り世界は変わりつつあります。しかし、だからこそ、フェミニズム運動の高まりに呼応してバックラッシュの嵐が吹き荒れている韓国社会の例はけっして特殊ではなく、どこの国でもジェンダー平等への流れと、停滞や反発に向かう力とのせめぎ合いが嵩じる、とても難しい局面に差し掛かっているとも感じます。

ここからの一歩のために、“男の常道”の刷り込みの淵源をみんなで客観視するための手がかりはないかしら、可能性の一つは自国の男性性の歴史をミクロに辿ることではないか……。そんなもやもやを持っていたところ、韓国にはまさにそのような視点で書かれた本があることを知り、日本語版を企画しました。

翻訳には、韓国フェミニズムの紹介者としても定評ある小山内園子さんとすんみさんが力を尽くしてくれました。巻末には聖公会大学の趙慶喜先生が、日韓の歴史的関係にも目配りし、機微に通じた「解説」を寄せています。韓国社会をより深く理解すると同時に私たちの社会の男性性問題を見つめ直すきっかけとして、本書が読まれるようになってほしいと思います。

(編集担当:市原加奈子)

みすず書房のWebサイトに、本書の内容概略等を掲載しています。
https://www.msz.co.jp/book/detail/09745/


【目次】

■序 いま、韓国の男たち■
ソン・ジェギと男性「連帯」
仁義なき戦い
ボタンを押した男たち
韓(国)男(子)の起源と現在

■1 問題になる男──「貴男[グィナム]」たちが招いた危機■
跡を継ぐ息子
戸主制と女性の再植民化
「貴男」たち
削除された女児たち
人口抑制計画
没落する男たち
男の終末 in 韓国
溜まりつづける男たち

■2 “真の男”を探して──「ヘゲモニックな男性性」の起源■
トレードマークは“真の男”
男らしさの身体的起源
「男」対「野生」
作られた男
ヘゲモニックな男性性
支配のコスト

■3 韓国男子の憂鬱な起源■
ちゃっかりした無能力者たち
輸入された男──植民地男性の不遇な誕生
反共戦士を作る
朝鮮戦争──男性性の墓
傷痍軍人、兵役忌避者、そして女たち
軍靴をはいた継父──徴兵制と産業の担い手
「いい暮らしをしよう」──仲むつまじい中産層を目指して
男性性の極限──80年光州の空挺部隊
光州の息子たち──不正な父に立ち向かって

■4 変化と没落──1990年代と韓国、男子■
Xな新時代の男たち
うなだれている男──IMF通貨危機と「男性性の危機」

■4.5 ピンクの服をまとった男たち■
メトロセクシュアルと新たな男性性?

■5 悔しい男たち■
軍オウム[グンムセ]の歌と悔しい男たちの誕生
女性嫌悪の年代記1──味噌女の誕生
女性嫌悪の年代記2──キムチ女からメガルまで
出口のない循環──遊び文化と女性嫌悪
でっち上げられた嫌悪
「代替現実」としての女

■結び 韓国男子に未来はあるか■

日本語版へのあとがき──2023、依然として、“韓国、男子”たち

解説──フェミニズムへの応答としての韓国男子論(趙慶喜)
訳者あとがき

参考文献
索引


【著者略歴】
《チェ・テソプ》 1984年生まれ。文化評論家、社会学研究者。聖公会大学校社会学科にて博士課程修了。ジェンダー、政治、労働問題に重点を置いて執筆活動をしている。著書『情熱はいかにして労働になるのか』(共著、2011)、『余剰社会』(2013)、『みんなのためのゲーム取扱説明書──ゲームについて疑問に思うが、ゲーマーは答えることができないもの』(2021)など。本書(原著2018)が初邦訳。

【訳者略歴】
《小山内園子(おさない・そのこ)》 1969年生まれ。韓日翻訳者、社会福祉士。訳書に、ク・ビョンモ『破果』(岩波書店、2022)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(すんみと共訳、タバブックス、2018)など。

《すんみ(スンミ)》 1986年生まれ。韓日、日韓翻訳者。訳書に、チェ・ジニョン『ディア・マイ・シスター』(亜紀書房、2024)、ウン・ソホル他『5番レーン』(鈴木出版、2022)、イ・ミンギョン『失われた賃金を求めて』(小山内園子と共訳、タバブックス、2021)など。

【解説者略歴】
《趙慶喜(ちょう・きょんひ)》 1973年生まれ。韓国・聖公会大学東アジア研究所教員。著書に『残余の声を聴く──沖縄・韓国・パレスチナ』(共著、明石書店、2021)など。


◆書誌データ
書名 :韓国、男子――その困難さの感情史
著者 :チェ・テソプ
訳者 :小山内園子・すんみ
頁数 :312頁
刊行日:202/12/2
出版社:みすず書房
定価 :3300円

韓国、男子――その困難さの感情史

著者:チェ・テソプ

みすず書房( 2024/12/04 )