
第一次大戦下、女性だけで運営された陸軍病院の実像に迫るノンフィクション
第一次世界大戦下のロンドンで、女性だけで運営されたエンデルストリート陸軍病院。何十人というスタッフが登場するなかで本書の軸として描かれるのは、その病院を指揮した二人の女性医師の姿です。
ルイザ・ギャレット・アンダーソンとフローラ・マレー。二人が10代の後半になったころは、ようやく女性が医師の資格を取得する道が拓けたころでした。しかし、学ぶことはできても、卒後研修や病院での経験となると、話はまた別です。主要な医学部で女子学生を受け入れるところなどなく、学校や刑務所や精神科病院で低賃金で働くか、女性が開設した病院で子どもや女性の治療を行うくらいしかなかったのです。
二人が出会ったのは、女性参政権運動の渦中でした。医師として差別ばかりを受けてきた二人にとって、かのエメリン・パンクハースト率いる女性社会政治同盟(WSPU)の活動の中での出会いは必然と言えるでしょうか。WSPUのスローガンである「言葉ではなく行動を」は、その後の二人の躍動を言い表しているようにも見えます。
第一次世界大戦が勃発すると、二人は女性だけの医療部隊を組織してフランスに渡ります。(このときも、英国陸軍にかけあっても相手にされず、結局、フランス赤十字の助力を得て渡仏しました。)フランスでの活躍を耳にした英国陸軍省は、二人にロンドンで1000床規模(!)の病院を運営するように要請します。1915年、エンデルストリート陸軍病院の誕生です。
その後の、200人にもおよぶ女性が働いたこの病院の苦闘の日々が、本書の大部分を占めます。二人の指揮官だけでなく、医師・看護師・用務員から図書室係にいたるまで、個性的なメンバーの目線を交えながら進んでいく歴史物語は、さながら吉川英治の『三国志』を思わせるような群像劇です。読めばあなたも、やけに感情移入してしまう、お気に入りのメンバーが見つかるかもしれません。
数々のノンフィクションを世に送り出してきたジャーナリストの、映像作品のような流麗な筆致もこの本の大きな魅力です。みすず書房のホームページではその一部が公開されていますので、ぜひそちらだけでも味わってみてください。
『サフラジェットの病院』プロローグ「到着」全文公開
https://magazine.msz.co.jp/new/09748/
『サフラジェットの病院』内容紹介ページ
https://www.msz.co.jp/book/detail/09748/
◆書誌データ
書名 :サフラジェットの病院――第一次大戦下、女性の地位向上のための戦い
著者 :ウェンディ・ムーア
訳者 :勝田さよ
頁数 :456頁
刊行日:2024/12/10
出版社:みすず書房
定価 :5280円(税込)
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