
毎日を懸命に生きる女性たちに深呼吸を
「だいすきだいすき かわいいこひつじ みみのうしろをかいてやる」
短い詩が添えられたイラストは、ペンと黒インクで描かれた女の子とこひつじ。ベレー帽をかぶり、くるぶしまでの長いスモックを着た女の子は、彼女に甘えて頭を預けるこひつじの耳にやさしく手を伸ばす。女の子もこひつじも目をつぶってその感触を楽しんでいる。
「いろんな思いが 心にひろがる、どんな気持ちの波立ちも気分の変化ものりこえて、彼女はそれを大切にしてゆく」
そんな詩の下には淡い水彩絵の具で描かれた女性の絵。部屋に置かれた茶色の長椅子のひじかけに頭を置いてねそべりながら、おなかの上に置いた白い紙に何かを書いている。その横顔は静かだけれど、長椅子の前には左右ばらばらにぬぎすてられた室内履き。隣のページには、彼女の目の先にあるのであろう、上げ下げ窓のイラスト。窓の外にはねむたげな青空と緑の丘が見える。
本書『ゴフスタイン つつましく美しい絵本の世界』に収録されたこれらの絵を描いたのがM.B.ゴフスタイン。1940年アメリカ・ミネソタ州生まれのイラストレーター、画家、絵本作家です。
その絵はシンプルで温かく、かつ迷いなく、やさしいのに完璧でもあります。その言葉はかわいらしく、分かりやすいようでいて謎めいてもいます。
彼女の絵本の邦訳者の面々は絵本の目利きたちばかり。絵本編集者の末盛千枝子、作家の落合恵子、詩人の谷川俊太郎、女優の石田ゆり子…。絵本好きを虜にし、ふだん絵本に興味のなかった人をひきつける力があるのです。
『ゴフスタイン つつましく美しい絵本の世界』は、彼女のさまざまな作品とインタビュー、ポートレイト、自宅や仕事場の写真を通して、「美しい本をつくる」ことに毎日を使いつくしたひとりの女性の人生に触れることができる一冊です。
父親は技術者で母親は大学の教師。両親が仕事する姿から、自分をひたむきに捧げるものを持つ幸せを感じ取っていたというゴブスタイン。幼い時、「本があまりにすばらしいものなので人が作っているとは思えず、神様がくれたものだと思っていた」少女は、本は人が書いていることを知り、7歳か8歳のとき、本を書く人になることを決意します。
1960年前後、「女性が自分の仕事について真剣に考えることができる進歩的な学校」で芸術と文学を学ぶ大学生活を送り、卒業後はアルバイトをしながらフリーランスでイラストレーターのキャリアをスタートさせます。それから、77歳の誕生日の日に亡くなるまで作品をつくり続けました。
残された時間がわずかと知ったとき、「誇りと思える一生の仕事ができたこと」に感謝し、もし今が「その時」なのであれば、「行く準備はもうできている」と語ったそうです。彼女が最期の日々を過ごした地域ホスピタルを訪れた人に語った言葉もこの本に収録されています。
毎日を懸命に生きる女性たちにおすすめしたい本です。人生がしんどいとき、好きでやっているはずのことを面倒くさいと感じてしまうくらい疲れてしまった夜、この本を開いて深呼吸してみませんか。
◆書誌データ
書名 :ゴフスタイン つつましく美しい絵本の世界
編者 :柴田こずえ
頁数 :127頁
刊行日:2021/5/25
出版社:平凡社
定価 :2600円
慰安婦
貧困・福祉
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