【転載】
  原子力市民委員会では12月27日、文部科学省は放射線副読本に対する下記の声明を発表しました。教育現場での原発事故をなかったことにする動きに対しても声を上げ続けていきたいと思います。
ぜひご一読のうえ、広く周知いただけると幸いです。                     原子力市民委員会

    

声明:文部科学省は放射線副読本における情報の公平性を確保し、 福島第一原発事故の本質的な教訓を伝える内容に改善すべきである。
https://www.ccnejapan.com/?p=15921

1. 文部科学省の放射線副読本における情報の不公平性の問題は悪化している

文部科学省は、2024年8月に放射線副読本(小学生用、中高生用)を改訂した[1]。2011年3月に起きた東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)の事故以降、5度目(2011年、2014年、2018年、2021年、2024年)の発行となる。

2024年版放射線副読本の基本的な構成や記述は、2021年版と、そのベースである2018年版を踏襲するとともに、小学生用は5ページ、中高生用は4ページ増加した。加えられた内容は、主に多核種除去設備(ALPS)で処理した水、いわゆる「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)[2] の海洋放出に関する日本政府側の説明や主張と、福島国際研究教育機構(F-REI)等の福島の復興に関する情報である。2011年3月に出された原子力緊急事態宣言は未だに解除されておらず、福島第一原発からの放射性物質の漏出が続いているにもかかわらず[3]、それらの状況よりも復興に関する情報が多く掲載されている。

「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)の海洋放出に関しては、政府の方針が科学的にも正しいものであるという見解を一方的に伝えるものとなっており、他の代替案や、海洋放出に反対する意見は取り上げておらず、不可視化されている。ALPSでの汚染水の処理に関して、経済産業省の「ALPS 処理水について知ってほしいこと」[4] と復興庁の「「福島の今」ちゃんと知っておきたいALPS 処理水のこと」[5] をもとに作成された図が新たに掲載されているが、元図にある「汚染水」の用語が「浄化が必要な水」に書き換えられるなど、「汚染」の語が削除されている。

「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)の扱いについて、原子力市民委員会(2023)の声明[6] やFoE Japan(2021)の声明[7] で提案されているような「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」等の現実的な代替案は紹介されていない。また、海洋放出に強く反対する決議を全会一致で採択した全国漁業協同組合連合会(全漁連)や福島県漁業組合連合会(県漁連)などの反対意見もひとことも紹介されていない。さらに、廃炉作業における主要な課題である、いわゆる「核燃料デブリの取り出し」についてもほとんど触れられていない[8] 。

文部科学省の放射線副読本におけるこのような情報の不公平性の問題点について、原子力市民委員会も指摘してきた[9] が、改善されておらず、むしろ悪化している。

2.文部科学省が自ら発した「学校における補助教材の適切な取扱いについて(通知)」の内容に反している

文部科学省が2015年3月に出した「学校における補助教材の適切な取扱いについて(通知)」(26文科初第1257号)[10] では、補助教材の例示の筆頭に副読本を挙げた[11] うえで、「補助教材の内容及び取扱いに関する留意事項」の一つとして、「多様な見方や考え方のできる事柄、未確定な事柄を取り上げる場合には、特定の事柄を強調し過ぎたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど、特定の見方や考え方に偏った取扱いとならないこと」と書かれている。2024年版放射線副読本は、「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)の海洋放出に関する政府側の公式見解を一方的に伝えるなど特定の見方や考え方に偏っており、文部科学省が自ら出した通知における留意事項に反している。

当事者の立場になって考えることについて、2024年版放射線副読本(中高生用)の「はじめに」(p.1)には、「一人一人が事故を他人事とせず」と書かれている。当事者性を意識させて「自分事」として捉えることを促す重要な記述だといえるが、先述したように、「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)の海洋放出の問題という具体的な場面では、最も影響を受ける当事者である漁業従事者らの声を載せず、「他人事」として捉えることを助長するものとなっており、「はじめに」の記述と矛盾している。

改訂前の2021年版放射線副読本を配布する際には、経済産業省資源エネルギー庁作成の「復興のあと押しはまず知ることから」[12] と復興庁作成の「ALPS処理水について知ってほしい3つのこと」[13] のチラシが一緒に各学校へ直接送付されたことが問題視され、チラシの配布取りやめや回収を行った自治体も見られた。2024年版放射線副読本は、2021年版放射線副読本の配布時に問題視されたチラシの内容の一部を副読本の本文に取り込む形になっており、問題は繰り返されている。

子どもたちが多様な視点で議論する芽を摘み、異論を封じて、日本政府の公式見解を一方的に伝える放射線副読本は、福島第一原発事故前に原発の安全性について偏った内容を一方的に伝えていた原子力副読本[14] と、本質的に変わっていない。

3.福島第一原発事故の本質的な教訓を伝えていない

文部科学省が福島第一原発事故以降に5回発行してきた放射線副読本では、福島第一原発事故に関する国会事故調や政府事故調の報告書に記載されているような、重要な教訓を示すキーワード(例:「SPEEDI」、「オフサイトセンター」、「安定ヨウ素剤」)や、「原子力緊急事態宣言」、「震災(原発事故)関連死」など被害の深刻さを表す情報は、これまで記載されたことがない。

また、2014年版放射線副読本に一度掲載されたものの、2018年版以降の放射線副読本からは削除された事項として、「低線量被ばくによる健康影響の不確実性」、「LNTモデル」、「子どもの被ばく感受性」などの被ばくに関する重要な記述、「事故を起こした原発の写真」、「東日本の広域的な汚染地図」、「国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7」、「避難指示区域の図」などの福島第一原発事故の実態や深刻さを示す情報などがある。テキスト・マイニングの手法を用いた分析結果によれば、2018年版放射線副読本では「汚染」、「風評被害」、「深刻」など否定的な表現が頻出語の上位から消えており[15] 、放射線の危険なイメージの払しょくを意図したかのように副読本が〝除染〟されてしまっている[16] 。一方、リスクコミュニケーションにおいて最低の第5ランク(通常許容できない−格別な注意が必要−)に位置づけられている「関係のないリスクの比較」[17] に関する説明と表などが追加されており、リスクコミュニケーションにおける過去の教訓を踏まえたものとなっていない。これらの特徴は、2024年版放射線副読本においても継続したままである。

原発の過酷事故やその被害が二度と起きないようにするため、放射線副読本は、子どもたちが福島第一原発事故の本質的な教訓について学び、継承できるような内容にする必要がある。上述した重要な教訓を示すキーワードや、福島第一原発事故の実態や深刻さを示す情報を掲載するように、放射線副読本の内容を改善すべきである。

以上

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[1] 文部科学省 放射線副読本(令和6年改訂)(PDF版)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/housyasen/1410005_00004.html
[2] 日本政府や東京電力は、福島第一原発で発生した汚染水をALPS等によりトリチウム以外の放射性物質を環境放出の際の規制基準を満たすまで繰り返し浄化処理した水を「ALPS処理水」と定義している。一方、原子力市民委員会は、ALPSで処理してもトリチウムおよびその他の放射性物質が残留していることから、これまで政府のいう「ALPS処理水」のことを「ALPS処理汚染水」と表記してきた。本声明は、放射線副読本の記述に関する問題点について述べることから、副読本で使用されている「ALPS処理水」も用いることとし、「ALPS処理水」(ALPS処理汚染水)と表記する。
[3] 原子力資料情報室「福島第一原発は今も放射性物質を放出している —ALPS処理汚染水放出問題で考慮すべき新たな論点」、2023年8月、https://cnic.jp/47439
[4] https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/pdf/leaflet_exporter_jp.pdf
[5] https://www.fukko-pr.reconstruction.go.jp/2018/fukushimanoima/shiru/alps/
[6] 原子力市民委員会「声明:ALPS処理汚染水の海洋投棄を即時中止し、デブリ取り出しと非現実的な中長期ロードマップを見直し、福島第一原子力発電所の「廃炉」のあり方を公開・透明な場で検討するべきである」、2023年12月14日、https://www.ccnejapan.com/?p=14725
[7] FoE Japan「【声明】処理汚染水の海洋放出決定に抗議する」、2021年4月13日、https://foejapan.org/issue/20210413/3523/
[8] 2024年版放射線副読本(中高生用)では、「燃料デブリ」の用語は見られるものの、その取り出しについては言及がない。一方、2014年版放射線副読本では、廃炉に向けた課題について、「福島第一原子力発電所の廃止に向けて、原子炉からの核燃料の取り出しや汚染水の問題、作業要員の確保及び作業環境の改善などの課題があり、今後もそれらの解決に向けた努力が必要となっています」(p.3)と書かれており、原子炉からの核燃料の取り出しを含む4点の課題が挙げられていた。
[9] 原子力市民委員会(2022)『原発ゼロ社会への道 ——「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』、「1.4 教育と広報における人権侵害」
[10] 文部科学省「学校における補助教材の適切な取扱いについて(通知)」、2015年3月4日、https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyozai/mext_02559.html
[11]「補助教材には、一般に、市販、自作等を問わず、例えば、副読本、解説書、資料集、学習帳、問題集等のほか、プリント類、視聴覚教材、掛図、新聞等も含まれる」と記載されており、副読本は例示の筆頭に挙げられている。
[12] https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/pdf/alps_restoration_202111.pdf
[13] https://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat14/alpssyorisui_tirasi_re.pdf
[14] 文部科学省と経済産業省資源エネルギー庁が2010年に発行していた原子力副読本『わくわく原子力ランド』と『チャレンジ!原子力ワールド』には、(原発は)「大きな地震や津波にも耐えられるよう設計されている」など、原子力の推進と安全神話に偏った内容が書かれていた。そのため、福島原発事故後、「事実と異なる記述がある」などの理由で2011年5月に回収された。
[15] 後藤忍(2020)「福島第一原子力発電所の事故後に発行された文部科学省の放射線副読本の内容分析」、『環境教育』30(1): 19-28頁
[16] 後藤忍(2019)「紙面が〝除染〟された『放射線副読本』 ── 削除された『汚染』『子どもの被ばく感受性』『LNTモデル』」、『科学』89(6): 521-537頁
[17] 文部科学省(2017)『リスクコミュニケーション案内』のp.70でも、Covello (1989)を引用して、最も許容される第1ランクから最低の第5ランクまでのリスク比較の表が掲載されているが、「関係のないリスクの比較」は最低の第5ランクであるにもかかわらず、特に配慮されることなく2018年版以降の放射線副読本に掲載されている。

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「GXと復興のもとに消されゆく福島原発事故の被害 ──エネルギー政策に反映すべき事故の教訓とは」
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第37 回 原子力市民委員会(CCNE)
「原発事故はメディアの報道をどう変えたのか —エネルギー政策の議論における市民の不在」
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特別レポート9
『新電力の参入を阻む電力システム改革— 強化される原発・化石燃料温存のしくみ』
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