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対話で照らす人間、時代、言葉
今年(2025年)1月23日に刊行した対話集について紹介の機会を頂戴した。
歌人として短歌を創作し、また評論を書いてきた私は、常に「短歌って何?」と思ってきた。短歌は万葉集の古代から現代まで、詩形を変えることなく続いてきたまことに不思議なゾンビのような詩だ。そして現代では若者たちが心を寄せる詩形としてますます活況にある。短歌とは一体何なのか?今回はその疑問を、短歌とは全く別の分野の方々にぶつけてみることにした。
その方々とは、民俗学者の赤坂憲雄、詩人の伊藤比呂美、俳人の井上弘美、現代日本文学研究者の岩川ありさ、日本文学研究者の木村朗子、日本語学者であり芸人でもあるサンキュー・タツオ、万葉学者の品田悦一、俳人の高野ムツオ、キュレーターの新見隆、哲学・西洋古典学者の納富信留、俳人であり歌人でもある堀田季何、小説家の三浦しをん、日本文学者の三浦祐之、美術史家の宮下規久朗、小説家の村田喜代子の各氏である。
短歌とは直接関係のないこのように多様な分野の方々に短歌はどのように見えているのか?が興味の出発点となった。短歌への問は、当然、言葉や人間、社会への問と重なる。それぞれのゲストの専門分野から発せられる人間と時代と言葉の問題に向き合うことになった。
例えば、岩川ありささんとの対話では岩川さんの著書『物語とトラウマ』(青土社)を中心にジェンダーの問題を伺った。岩川さんは大江健三郎、多和田葉子など現代文学の研究者だが、トラウマからの回復に物語が果たす役割に注目している。LGBTQなど多様なジェンダーを生きる人々にとって男女二元論による世界は生きにくい。そこで、クイアを積極的に名乗り、クイアであることによる居場所を作ろうとするが、そこで負う心の傷は生存を難しくするほどのものだ。そこからの回復に物語が作用するというのだ。岩川さんは物語は楽しみや教養のためではなく、生存のために必要だとし、この著書を「生存(サバイバル)の書(ブック)」として書いたと語る。このクイアという名乗りには境界線上で生きてきた多くの人々の物語が重なる。男女二元論からはみ出すものたちの痕跡は、古事記などの古代の物語にもあるのだ。一見短歌からは遠い話題のようだが、短歌こそその型式によって多くの声を形にし、物語化してきたのだ。
このように、多様な分野の方に、短歌という形式が持つ問題や歴史を投げかけながら対話を試みた。日本語文化に長い歴史をもつ短歌について話すことは、日本人と日本語の問題に向き合うことだからだ。
また、対話するということが難しい時代だからこそ対話したかったとも言える。短歌とは何か?という問いは、答えを求めるものではない。この問が契機となって現代に潜伏するさまざまな問題に触れ、結果としていよいよこの詩形の謎が深まればと願ったが、その願いが叶ったと思う。
お付き合いくださった錚々たるゲストの方々にあらためて心よりお礼を申し上げます。
書名:川野里子対話集―短歌って何?と訊いてみた
著者:川野里子
ページ:350頁
刊行年月日:2025年1月23日
出版社:本阿弥書店
定価:2750円
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