2013.07.17 Wed
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.日本で初めて、セクハラ裁判(福岡裁判)が起こされてから四半世紀。それまで、日本にはなかったセクシュアル・ハラスメントという言葉、そして考え方を、今日のように、セクハラとして定着させることに貢献した、そのお一人が筆者の牟田和恵先生だ。
フェミニストである牟田先生が、「セクハラです!」というのだから、さぞかし男性へのお叱りが多いと思われるでしょうが、牟田先生の深い洞察力のそのさらに奥のほうに、ハラッサーへの思いやりを感じてしまったのはわたしだけではないはず。たとえば、セクハラ的な言動をしてしまった場合の、こんな一言。
一般の男性なら、人間だもの、酔っぱらってはめを外すこともあるでしょう。部下の女性たちの前で卑猥なことを口走ってしまうこともあるでしょうか。たしかにそれは、セクハライエローカード。でも、朝になって酔いが醒め、まずいことを言ったとわかったならば、率直に謝ればおおごとにはなりません(54)。
「人間だもの」、、、牟田先生にそういわれて、救われた気持になる方がきっといるはず(わたしもその一人かも)。
フェミニストは男嫌い、なんて言われて久しいですが、本書は、女性にとって働きやすい環境を作るために、女性たちの人生を応援する、というフェミ的な態度が、男性にも過ごしやすい社会を作ることにつながる、ということを立証しているように思います。
セクハラは、じつはグレー・ゾーンが多く、同僚同士、あるいは上司=部下関係、教員=教え子といった長期にわたる関係性のなかから、少しづつこじれて、「結果アウト」となるケースがほとんど(136)。
そこで本書には、男女関係に横たわるふかーい溝、こじれていく経緯、セクハラ注意報とセクハラ警報、職場恋愛の三カ条( 143)、さらには訴えられてしまったら、といった実践的なレッスンが満載です。
本書の帯の上野千鶴子さんの推薦には、「「家庭の医学」なみの必需品」とありますが、本当にそのとおり。男性だけでなく、女性にとっても、「鈍感な」中年男性の気持ちを知るために必読です。
セクハラという、被害者にとっては人生を大きく変える大事件。こんなに笑って、理解してしまっていいのかしら?
本書は、社会学界における一つの事件となるに違いありません。本書の最後にある、牟田先生ご本人の「セクハラ二次被害体験記」は、牟田先生の長く、険しい、これからも続くであろうセクハラとの闘いを物語っています。(moomin)
W-WAN英訳記事
This Book Is an Event, Prof. Muta! — Book Review for “That Love Is Sexual Harassment, Boss!”
タグ:DV・性暴力・ハラスメント / 本 / 恋愛 / フェミニズム / セクシュアル・ハラスメント