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映画のなかのモダン・ガールと戦争の共犯性 『モダン・ライフと戦争』 宜野座菜央見

2013.09.27 Fri

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. 日中戦争最中の1939年、「働くモガ」を演ずる原節子主演の『東京の女性』が公開される。原節子扮する節子は、父親の入院費用を稼ぐために女性的職業であるタイピストから自動車の「セールスマン」に転身する。当時の広告にはにこやかに微笑みながらハンドルを握る原節子の姿が映し出されている。親のために仕事に就くという図式は古臭いイメージではあるが、この時代に自動車を運転する、働く女性が登場していたとは、驚きである。

 満州事変、日中戦争が勃発する1930年代の日本映画は、都市の「平和な」モダン・ライフを描き続け、私的幸福を追求し、戦争という現実から目を逸らすという意味でも、戦争の長期化に貢献したという。著者は、1930年代の日本映画は「戦争に接近する社会ではなく、ごく平和に見える社会を集合的に提示し続けた現象」に注目する。そして本書では、その「平和に見える社会の表象」であるスクリーンのなかのモダン・ガールと戦争の共犯性に迫っている。

 こうした背景のなかで生みだされたヒロインたちの分析もおもしろかったが、映画製作会社とその作品の特徴、それぞれと結びついた観客層と階層性の指摘も非常に興味深かった。わたしは、トーキーが誕生すれば、サイレント映画は人気を失うのが当然のように思っていたが、どうもそうではなかったらしい。大手映画製作会社(松竹、東宝)がトーキー映画へと移行するなか、農村や都会の下層の人々が好んで見たのは、下層のヒロインが人生に翻弄される姿を描く、大都映画の制作するサイレント映画だったという。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. ところでわたしが勝手に1930年代は、表象においても女性像が保守化すると疑わなかったのは、同時代のドイツのマスメディアに登場する女性像の変化を思い浮かべたからだ。最近邦訳の出た、1930年代初めのドイツのモダン・ガールを描いた小説『人工シルクの女の子』からは、その当時の様子がうかがえる。主人公のモダン・ガールと同世代の著者イルムガルト・コインによって1932年に発表されたこの作品では、物語の初めの軽快な調子は一転し、最後には危機の時代にモダン・ガールであることの限界が示されている。とはいえ、主人公のモダン・ガールの日記の形式を取るこの小説は、語り口も軽妙で、俗語や当時の風俗もたっぷり散りばめられ、モダン・ガールの息づかいを感じさせてくれる。

 ちなみに「人工シルク」というこの聞き慣れない言葉は「人絹」、つまりナイロン、当時開発されたベンベルクのことである。なぜ『人工シルクの女の子』なのかは、読んでのお楽しみ。(lita)








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タグ:映画 / / ジェンダー研究 / 女とアート / 働く女性