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友と共に、世界に生きる喜び 『ハンナ・アーレント』矢野久美子

2014.04.21 Mon

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.アーレントに関しては、映画『ハンナ・アーレント』後のアーレント本出版ブームを挙げるまでもなく、日本ではその主著を含め、これまで多くの研究書、そして入門書が出版されています。

わたしはそのなかで、アーレントの内面に迫りながら、彼女の独特の語り方を再現したような研究をされてきた、矢野久美子さんが語るアーレントが大好きです。

矢野さんのアーレント研究書『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』は、アーレントが世界を理解するさいに、そして自らの理解を人びとに伝えるさいに重視した、「物語る」ことをめぐる著作です。本書『ハンナ・アーレント--「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』は、矢野さんのこれまで研究を踏まえて、「理解することは、生きることの人間的なあり方である」という確信にいたるまでの、アーレントの生の軌跡を克明に描いた入門書です。

わたしにとってはまさに、こういうアーレント入門書があってよかった、と思える一冊です。

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アーレントの生涯に関しては、これまで国内外を問わず多くの研究書が、ヤング・ブリューエルによる伝記に多くを負ってきました。ですが、本書は、入門書というとても間口の広い書物でありながらも、ブルーエルが執筆した伝記以降公刊された、アーレントとその友人たちとの書簡などを読み解きながら、より詳細に、第二次世界をはさんだ西洋世界の荒廃を眼前にしたアーレントが、世界を理解しなければならないと考えるにいたった彼女の生涯の物語が描かれています。

本書を手にされると、アーレントがじつに多くの人びと、友人たちとの関わりのなかで、ヨーロッパの反ユダヤ主義、第二次世界大戦、そしてなによりも、ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺といった、前代未聞の悲劇を生き延びた者として、〈思考するとはどのようなことか〉を掴んでいったことが理解できます。アーレントはその主著『人間の条件』において、人間らしい生き方を、人との間にあること inter-est (文字通り、間にinter あること est) と定義しました。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.それは、友とともに目の前に見ている世界への関心(interest)を共有し、友にはその世界がどう見えているのか、わたしの目に映る世界とは異なる世界を見ている--だけど、それでもそれは同じ世界--友とともに、その違いを喜ぶ、そうした生き方をアーレントが経験してきたからこそ、生まれた思想だと、矢野さんの本から学ぶことができます。

世界を豊かにしてくれる友と共に在ること。アーレントの生涯の友(であると同時に、かつての教師)であった、カール・ヤスパースへの次のようなアーレントの言葉を矢野さんは引用されています。1969年、ヤスパースがなくなったときの、追悼の辞です。

人間のもっとも儚いもの、しかし同時にもっとも偉大なもの、つまりその人の語った言葉や独特の身振りは、その人ととともに死んでいく、でもそれらこそ私たちを必要とし、私たちが彼を忘れないでいることを求めているのです。追悼は死者との交わりのなかでおこなわれ、そこから死者についての会話が生まれ、それがふたたびこの世にひびきわたります(212)。

アーレントにとって友とはおそらく、著作を通じて出会った人、この世界をすでに去った人をも含み、世界を共有していることを喜べる人にまで広がる概念なのだと思います。わたしは、世界を語りあい、時に反発し合いながらも、世界を見る目の違いを喜び合える友をどれだけ持っているといえるのだろうか、と自問しないではいれません。

矢野さんは「あとがき」で、このように述べています。

私は、アーレントの生涯を日本語で確かなものにしておきたい、という希望から本書を書き始めた(229)。

矢野さんのここで使われている「希望」という言葉が、本書の特徴をよくあらわしていると思います。わたしには、それは、アーレントの著作を、そしてアーレントの生きざまを友としてそばに置いておいてほしい、という「希望」なのだと伝わってきました。

矢野さんのおっしゃる「希望」がどのような希望なのかを考えてみるためにも、どうぞ手にとってお読みください(moomin)。

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