2014.05.13 Tue
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.本書の中の1編『エスケープ』。戦時中、京都で18歳の女子専門学校生として寮生活をしていた著者が、学徒動員で配された軍需工場で旋盤を回す殺風景な毎日に疲れ、友人とエスケープ。通勤電車の逆方向に乗り、その日は、琵琶湖近辺の緑の中で過ごしたというもの。「夕方には寮へ戻った。教師は気がついていたと思うが何も言われなかった。翌日から私は、前より熱心に作業に従事したが、あの日のエスケープで立ち直れたと思っている」とある。
え? エスケープ?! 現代の女子高生が受験の重圧から渋谷の街へでも逃げているみたい……。私(編集者)がこのエッセイに初めて接したときの感想だ。歴史上の事としてしか理解できていなかった当時の若い女性の心情や先の見えない重苦しさが、「エスケープ」というカタカナの響きもあって痛切に共感できた。本や新聞で読んでいた「歴史」が、リアルに胸に迫ってきたのだ。
『桜のスケッチに』では、絵を描くのが趣味の著者がある春の日、同じマンションの8歳年上の友人(ということは90歳ほど)を誘って、近所の公園でスケッチを楽しむ内容。「私の急な誘いをいつも受けて立つ彼女は凄い。ちらっと見ると、優しい繊細な絵を描いていた」。これなんて、映画「八月の鯨」の老姉妹のような雰囲気だ。
こんなふうに過去と今を自在に紡ぐ珠玉のエッセイ集は、ブログサイトで長く1位を占めていた人気ブログを再構成したもの。26年前のパソコン創成期にキーボードの扱いを覚えた60歳の女性は、現在86歳。「この年齢は本当?」と思わせる若々しい感性と表現力で、家族に頼らず好奇心を軸に自分ひとりで新しい世界を広げていくフットワークが読み手の心をつかむ。
老齢の母親がいる人、祖母がいる人、今は亡き親や祖母を偲びたい人。これから老い先を考える人、いつかは老いる人。つまりは今を生きる全ての人に、特に女性たちに読んでいただきたい。親や祖父母へのプレゼントしても購入され、本を挟んで異なる世代間で会話が生まれている。(編集者 森山弥生)
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