2014.06.25 Wed
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再読刑事:事件だろ。
初:『楢山節考』。姥捨て山じゃないですか。七十歳の老母おりんは、自らを真冬の楢山に運べと一人息子に指示し、息子は不承不承山に運んで置き去りにした。それは食糧難の寒村につたわる、食い扶持を減らすための厳しい掟だった。中世の棄老伝説なんて刑事の管轄外だ。
再:中世? 村には、〈越後に行った時、天保銭を一枚持って帰った〉家がある。
初:天保銭というと――?
再:江戸時代末期から明治にかけて大量に流通した銭貨だ。この物語、いがいと時代が近いのだ。
初:よしんば明治時代でも、貧しい山村での合意あってのくちべらしで‥
再:自ら死を望むおりんはともかく、又やんという老人は楢山行きから逃げようとして、雁字搦めに縛られて崖から落とされてるぞ。
初:ひどい話だ。もし明治時代だとしたら、いったい当時の警官は何をしていたんだ!
再:警官か。しかしこの村、所在不明なのだ。楢山。巽山。山には名があるが、〈村には名がないので両方を向う村と呼び合って〉いる。
初:戸籍制度と断絶した村、ということですか?
再:〈天保銭〉が物珍しいほど〈銭など使い道もなく、どの家にもない〉。貨幣経済とも断絶している。
初:深山幽谷に孤立し、厳しい条件で自給自足する村ゆえの棄老の掟だったのでしょうか。
再:それはどうかな。この村、ほんとうに食料がないと思うか?
初:常食は粟・ヒエ・玉蜀黍、とあります。
再:〈白米は作っても収穫が少なく〉とある。白米は貴重品とはいえ、病人は白米が許されるし、祭事にも食される。どぶろくも作っている。
初:余剰がある、ということですか?
再:山に入れば栗・山ぶどう・きのこ・イワナもとれる。
初:山の幸ですね。
再:おりん婆さんなど村いちばんのイワナとり名人だ。皿いっぱいの煮付けを作って〈こんなものはみんな食っていいから、さあ食べてくりょう、まだ乾したのがうんとあるから〉と嫁に言っている。
初:こんな腕のいい婆さんが自殺したら一家の損失だ!
再:もっと奇妙なことに、この嫁、息子の新妻なのに四十五歳なのだ。農村なら労働力を得るため若い女を好みそうなのに、この村は晩婚を奨励し、〈三十すぎてもおそくはねえぞ 一人ふえれば倍になる〉なんて民謡まである。
初:村人を、「七十歳」という基準で機械的に殺していくより、生産性のある高齢者を活用するとか、若い嫁をもらって出生率をあげるとか、食い扶持じたいを増やす手段がいくらでもあったんですね? となると、食料の貧しさより、棄老と晩婚といった不合理な因習や教育の貧困こそ問題だったと?
再:ところがだ。この村はいがいと都会との知的な交流もあるようなのだ。
初:え? 彼らは食物をめぐっていがみあうばかりにみえますが。
再:いいか。おりんばあさんは〈飛脚〉からとなり村の話を聞くのだぞ。
初:〈飛脚〉‥。戸籍制度と貨幣経済から断絶した村に、〈飛脚〉‥。
再:恐らくこの村、たんなる山村ではない。素朴な山里のようでいて、楢山まいりの儀式になると、忽然と〈仁義のような作法〉が登場してくる。
初:〈「お山まいりはつろうござんす」〉…楢山まいりの儀式で方言が豹変している!
再:〈「お山へ行く作法は必ず守ってもらいやしょう」〉、な? まるで渡世人だ。
初:山奥で都市部と〈飛脚〉で交流を続ける渡世人集団・・。もしや、都会で問題をおこして山村に隠れ住まう盗賊・・・??
再:推測はいろいろできる。なにしろこの小説、彼らが山菜採りする場面はあるが、農作業も行う場面がひとつもないのだ。
初:山の幸はとっても、農作業はしなかったんですね。
再:そのとおり。穀類については周囲の村落を略奪していた、と俺は思う。だからこそ彼らは白米を珍重した。
初:一種の山賊ですか? どうりで村に名前がないわけだ。隠れ里なんですね! でも、なぜ七十歳という年齢での棄老の掟なぞあるんだろう。
再:それはまぁ、そういう掟があると周囲に喧伝するプロパガンダだな。楢山が老人のミイラで累々としていて、そのミイラだらけの楢山のふもとから、七十歳で決死の覚悟をする食い詰めた一族が強奪にくると思ったら、誰も抵抗できまい。
初:伝承どおりなら楢山は象の墓場状態だ。それなら平時でも楢山が不気味で近寄りがたくなりますね。
再:そんな一族の長老として語り継がれるのがおりん。おりん婆さんは、歯が健康で老人らしくないと村人に哂われると、即座に石臼で自らの歯を折り血まみれの顔を村人にみせ歩く。
初:なるほど。とてもカタギの婆さんにみえません。
再:指をツメるように、前歯をツメてみせたのだろう。極道の老婆だ。
初:でも先輩。小説の最後に楢山節の楽譜がありますが、ギター伴奏が〈フラメンコ風〉。これ極道なんですか?
再:深沢七郎の好みだろ。
(杵渕里果)
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