2014.10.30 Thu
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.私はこの間、「マルクス剰余価値論の再構成」というテーマで2冊の著作を発表してきた(『資本と剰余価値の理論』『価値と剰余価値の理論』、いずれも作品社)。本書はその3冊目であり、3部作の最後をなすものである(ただし、マルクスの理論発展史にかかわる4冊目をいずれ出版するつもりである)。
マルクス経済学の世界には、労働価値論をめぐってさまざまな論争が存在してきた。サービス労働は価値を形成するのか、複雑労働は単位時間当たり単純労働よりも多くの価値を形成するのか、等々である。家事労働は労働力価値を構成するのかどうかをめぐる論争、いわゆる家事労働論争もその一つである。この論争は、1960年代から1970年代にかけて日本や欧米で盛んに行なわれ、マルクス主義フェミニズムにおける主要論点の一つとなった。
周知のように、マルクス剰余価値論において、労働力価値論は要の位置にある。資本家が労働者から合法則的に剰余価値(利潤の源泉)を獲得することができるのは、労働者の労働力価値を補填する時間以上に労働者を働かせることによってだからである。したがって、資本家は労働者から労働力という特殊な商品をその価値どおりに購入しても、生産過程においてその価値以上の価値を労働者に生産させることによって、首尾よく剰余価値を獲得することができるわけである。
問題は、その労働力商品の価値の大きさをどのように規定するかである。マルクス経済学の通説においては、それは次の3つの要素によって構成されている。1つ目は日々の労働力を再生産するのに必要な生活手段価値である。2つ目は、部門によっては特定の技能が必要であり、その技能を身につけるのに必要な費用である。3つ目は、次世代の労働者を養育するのに必要な費用である。
しかし、第1の要素である生活手段は、多くの場合、購入した状態でそのまま消費できるわけでなく、家庭内で追加労働を必要とする。また購入後もその使用価値を維持ないし再生するのに一定の労働を要するものも多い。家事労働と総称することのできるこれらの労働は、明らかに労働力を正常な形で生産し再生産するのに必要な労働である。ところで、マルクスの労働価値論に基づくなら、商品の価値の大きさはその生産に社会的・平均的に必要な労働によって規定される。だとすると、労働力を生産し再生産するのに必要な家事労働は労働力価値を構成するのではないのか?
しかし、マルクス派の論者のほとんどは、家事労働を労働力価値の規定から全面的に排除している。その理由はさまざまだが、いずれにせよ、労働力商品の再生産にかかわっているあらゆる労働の中で家事労働だけが例外だとされているのである。本書はこの通説に真っ向から挑戦している。
だが、多くの人が家事労働を労働力価値規定から排除するのは、次のような現象が存在するからである。すなわち、現実の賃金がすべて基本的には生活手段に支出されていること、また、賃金が低い場合、支出を節約するために家事労働を増大させていることである。これらの現象を、家事労働=労働力価値構成説に基づいて合理的に説明できなければならない。本書は、この点の説明をかなり詳しく丁寧に行なっている。
本書のもう一つの目的は、家事労働と剰余価値との関係を解明することである。しかし、ここの議論はかなり複雑な理論構成をなしており、この短いスペースではとうてい説明しきれない。ぜひ本書を紐解いてほしい。また、児童労働の普及と剰余価値生産、育児労働と労働者階級の拡大再生産、退職後の生活費と労働力価値との関係、昨今の新自由主義と少子化現象、といった問題についても論じられている。
以上のごく簡単な説明からも明らかなように、本書は通説に挑戦し、論争喚起的である。家事労働が労働力価値を構成するはずがないという「常識」にとらわれている人にとっては頭から受け入れられない議論であろう。だが、そのような常識にとらわれず、『資本論』を金科玉条にせず、新しい理論的発展を模索する人々にとっては、本書は一つの理論的材料として大いに役立つことだろう。(著者 森田成也)
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