2014.06.21 Sat
KAN コミュニケーションズ Incは、カナダのトロントに位置する、翻訳・語学サービス・海外ビジネスコンサルティングサービスを提供する会社です。設立から今年で17年目に突入します。
広瀬直子さん(45)は、そのKAN コミュニケーションズ Incの創設者・共同経営者です。同社は常勤3人とアルバイト1人という小さな会社ですが、クライアントはカナダ、日本、アメリカ、ヨーロッパなどさまざまな国に散在し、クライアントの語学ニーズと他文化でのビジネス展開のサポートなどが主な事業です。 オフィスはダウンタウンの韓国人街にありますが、「勤務は完全フレックスで、社員は基本的にノマドです」と広瀬さんは言います。
◇国・場所を問わずに仕事をする「ノマドスタイル」
ノマド(nomad)とは、英語で「遊牧民」を意味し、IT機器を活用して、オフィスだけではなくさまざまな場所で仕事をする新しいワークスタイルで、近年、日本でも注目されています。ノマドスタイルで働く人たちを「ノマドワーカー」などと呼びます。
広瀬さんは、トロントで翻訳ビジネスを開始した1997年から、自宅にいても、日本に一時帰国中でも、できるだけパソコンとネットを駆使して仕事ができる体制を維持してきました。
「90年代、インターネットが一般の人でも手軽に使えるようになりました。そのころ日本で在日アメリカ人、カナダ人らの同業者(翻訳 者・ライター)が ”寒い冬でも、暖かいところに行ってネットで仕事ができるといいよね”なんて言っていて、絶対私もそうしたい! と思いました。美しいビーチにいて、軽装で、パソコンでものを書いている自分を想像してウットリしたものです。ここはカナダだし、実際にはビーチでバケーション中は仕事なんてしたくないので、まだ実現していませんが(笑)」
◇フリーランスでの仕事のしやすさ、起業のしやすさに着目し、カナダへ
広瀬さんは、京都にある(自身も京都生まれ、京都育ち)同志社女子大学の英文科を卒業後、日本で数年、英会話講師や翻訳の仕事をしていましたが、翻訳の単価が日本では低いと感じていました。また、日本ではビジネスの設立に何百万円もの資金が必要でしたが(今は1円でも可能)、カナダのオンタリオ州では無資本で始めることができたことが、カナダへの移住・開業を本格的に考え始めた理由のひとつでした。
さらに当時、日本の社会ではフリーランスの社会的地位が低かったことも移住・開業への決意を後押ししました。
「私はフリーランスのライター・翻訳者でしたが、語学に関してはプロという自負はあるのに、日本では今でいう“フリーター”と同じカテゴリーに分類されがちでした。たとえば、クレジットカードが作れない、とか。当時の日本では、制度も人の意識も、私のようなノマドで仕事をしたい女性を受け入れる準備ができていませんでした。あるとき、取引先の年配の男性に ”で、あなたは将来何になりたいの?結婚しないの?”と訊かれたときにはガックリきたのを今でも覚えています」
そして、カナダでの永住権を申請し、「Highly Skilled Immigrant(高スキル所持者)カテゴリー」で編集者、翻訳者として9ヶ月後に永住権を取得します。MacのノートPC1台と貯金約100万円を持ってトロントへ引っ越し、友達宅に1週間仮住まいしている間に、アパートを借りて「ひとりビジネス」を始めたのが、1997年、29歳の時でした。
◇精力的に営業活動し、2年で軌道に乗り始める
開業した後は、思い当たるところには手当たり次第、履歴書を送り、会ってくれる会社や人のところにはすべて挨拶しに行きました。設立した会社の経理や税務 は、友人の仏英の自営業翻訳者に聞いたことをそのまま(封筒を項目分けして領収書を入れて、年末に一度に計算するスタイル)真似したそうです(ちなみにク レジットカードは、100万円の貯金額のおかげか、一応「事業主」になったからか、2ヶ月程度でカナダの大手銀行に発行してもらえたとか)
「ひとり暮らしのひとりビジネス」が何とか軌道に乗ったように思えたのが、カナダへ渡って2年が経過したころ。そして、数年後に今の夫と結婚、そして同じ 翻訳者のビジネスパートナーも得て、公私ともにパートナーができました。ビジネスは順調で、2011年には会社を法人化。財務は今では担当者がきちんとエ クセルで管理してくれるようになり「やっと、安心して休暇を取ることもできるようになりました」と広瀬さんは言います。
ここ数年は心身ともに余裕ができたおかげで、『35歳の英語やり直し勉強法』(日本実業出版社)、『1分間英語で日本のことを話す』(中経出版)などの語学書の出版も手掛けました。
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◇内側から自分を突き動かすものに抵抗せずに生きる
広瀬さんは、17年前のカナダへの移住、そしてビジネスのスタートを振り返り、「もちろん不安でいっぱいでしたが、自分の中では納得できていた」と言います。最近、読んだ上野千鶴子理事長の著書、『女たちのサバイバル作戦』(文藝春秋)の中に「当時の自分の気持ちとマッチしている」文章を発見したとか。
(日本の将来が心配、という文脈で)
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「・・・若いひとたちに向けて話をする機会を与えられたとき、わたしは最近 ”明日の日本を担っていくのはあなたたちです”というのをやめました。日本が泥船なら、さとい小動物がまっさきに船から逃げ出すようにあなたがたも逃げたらよい。・・・世界中どこでもいいから、生き延びていってほしい」(341ページ)
広瀬さんはこう言います。「もちろん、自分が泥船から逃げる “さといネズミ”かも、と意識していたわけではありません(笑)。今も日本語をツールとする仕事をし、クライアントの半数が日本の企業ですから、日本の経済に依存もしています。でも、うまく言葉にできないけれど、何か自分を突き動かすもの、“逃げろ”という心の奥深くの声はあったと思います。それが何なのかは、もっと時間が経たないとわからない思っていましたが、上野さんに言い当てられたかもしれません」
(村松誉代 記)
広瀬直子さん
ライター、翻訳者。著書に「35歳からの英語やり直し勉強法」(日本実業出版社)「日本のことを1分間英語で話してみる」、「1分間英語で京都を案内できる本」(ともにKADOKAWA中経出版)。航空会社の機内誌、語学誌、英文の雑誌などに語学、旅行、文化関連記事を執筆。同志社女子大学(英文学科)卒業。トロント大学修士課程修了(比較文学)。
ブログ「英語セラピー」
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