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女の仕事づくり⑧ーアムステルダムの本の卸「IDEA BOOKS」の代理人:大西樹里さん

2015.01.15 Thu

しばらくお休みしていましたが「おんなの仕事づくり」を再開いたします。

今年もまた様々な分野で仕事を興してきた女性たちを紹介していきます。

どうぞよろしくお願いします。

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さて、今回ご紹介する大西樹里さん(48才)も、珍しい職域で活躍されている女性です。

「秘書犬」のでんちゃんと仕事場で

「秘書犬」のでんちゃんと仕事場で

樹里さんは、オランダの現代建築、美術、写真、デザイン、ファッション、映画を専門とする書籍やカタログの卸会社「IDEA BOOKS」のアジアの代理人です。

IDEA BOOKSは、1976年に現社長であるイギリス人のジョン・サイモンズ氏がアムステルダムに創設した会社でhttp://www.ideabooks.nl)、現在、世界の11か所に代理店があります。樹里さんの仕事は、IDEA BOOKSが選んだ本を中国以外のアジア地域の書店や図書館に卸すこと。そのために世界中のブックフェアを回っています。

こうした卸の仕事と同時に樹里さんがとても大切にしているのは、アジア発の良書を掘り出して世界に紹介することです。昨年、樹里さんが紹介された京都新聞の記事によると、「自らの嗅覚を信じ、売り出した本は、ニューヨーク近代美術館などに並ぶ」のだそうです。

加えて、オランダ本社での会議に出たり、世界の代理店から京都にもやってくるスタッフへの対応も一人でこなしています。

また近年、京都の卸先である書店「恵文社」でのTWO DAYS LIBRARYや大阪のカロブックショップ&カフェでの新刊サンプル展示会など一般書店でも展示会が開催され、一般の私たちもIDEA BOOKSが扱う本にじかに触れる機会が増えつつあります。

IDEA BOOKS本社の窓から見た景色

IDEA BOOKS本社の窓から見た景色

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本社前で同僚たち

 ◆亡き姉の応援で米国に留学

樹里さんは外資系の仕事をされているぐらいですから、もちろん英語使いです。英語は高校の時の米国留学で鍛え、美術専門の書籍を扱うにふさわしく大学では美術専攻を専攻しました。そういうとまるで予め準備された道をまっしぐらに進んできたかのようですが、決してそういうわけではありません。

高校の時の留学は、今は亡きお姉さんが、当時、家族のことでお二人ともとても苦しい状況にあったにもかかわらず、「今しかできないことをしておきなさい。例えば留学することもできるのよ」、と強く勧めてくれたことによります。その時の苦しさから逃れたい一心で高校1年から勉強を始め、3年時に交換留学生として選抜されて一年間、アメリカでホームステイしながら高校に通いました。

美術系に進んだのは、幼い頃から西洋の画集や音楽、映画にふれていた記憶や、留学先でコミュニケーションをとるのに絵を描いて表現していたこと、学校の美術の時間に「日本を紹介して」と言われて浮世絵の写真を見ながらシリーズで描いたのがよくできている」と喜んでもらえた経験などがもとになっています。

無事に大学に入ったものの、ほどなくお姉さんが癌に冒されていることが分かり、樹里さんはお姉さんの介護と大学生活の両立を続けました。そのかいもなくお姉さんは24才の若さで樹里さんに看取られて亡くなられ、抜け殻のようになった樹里さんはともかく大学に戻ったのですが、ぬるま湯のような大学に自分の居場所を見いだせないまま卒業を迎えました。そして、みんなが美術の作家や美術教師を目指す中、自己主張や人前に出ることを好まない樹里さんは京都の美術系の出版社に就職し、「これで誰にも迷惑をかけずに自分の生活をやりくりできる」という喜びとともに社会人生活をスタートしました。

この出版社はちょうど海外事業を立ち上げたばかりで、樹里さんは入社と同時に海外のブックフェアで西洋の美術書の仕入れと日本の美術書を紹介して販路を広げる仕事に携わることになりました。

◆有名企業を断って、IDEA BOOKSへ

そして4年後のこと。会社の経営方針が変わり人員が削減されることになりました。同僚の多くが部署の移動をすすめられていた中、樹里さん本人はそのまま留まることができたのですが、そしてそこでの仕事を続けたかったのですが、自分だけがそのまま残ることに疑問を感じて退職しました。その時のことを「若かったから・・・」と振り返ります。

退社後、すぐに就職活動を始め、ちょうどある一社に決まりかけていたところにIDEA BOOKSの社長からファックスが入りました。日本の代理人になってくれないかという誘いです。都内にいる前任者が辞めるのでその後任を探しているところで、「その件で話し合いたいので、次のアメリカのブックフェアに招待したい」とありました。

IDEA BOOKSの日本の取引先のほとんどは都内にあるので、取引先の中には都内の顔見知りをオランダ本社に推薦する話がいくつもあがっていたそうです。しかし、「ブックフェアの時にいつも来ている京都の出版社の若い女性に声をかけてみてはどうか」という社長の一声で樹里さんが候補になったのです。

ブックフェアで仲間たちと

ブックフェアで仲間たちと

樹里さんが先に内定をもらっていたのは有名大企業でした。そこで頑張れば上のポジションに上がっていけるチャンスがあると言われたのですが、「そうは言っても男性の中での女性のポジションでしかない」「メジャーっぽいところにいくのは自分らしくない」との思いからこちらは断りました。

一方、IDEA BOOKSの社長のジョンは、マジョリティに流されない在り方をいつも選んできた人です。そのポリシーに対する共感、若い女性の樹里さんを対等に扱ってくれることや東洋人に対する差別がない、そういうところに居心地の良さを感じました。

しかし、代理人として仕事場を構え仕事を切り拓くのは樹里さん自身です。最初の数年は自宅のキッチンの片隅で本に埋もれて仕事をしていたのですが、どんどん手狭になって事務所を構える必要が出てきた時に、ご主人が「足りないんでしょ。出世払いでいいよ」と働いて貯めていた貯金から事務所設立の不足分をポンと出してくれました。ご主人は大学の同級生です。そして初期の実務、経理の手伝いを、企業を定年退職して間もない彼のお父さんが買って出てくれました。木工もお得意で、今も使っている本を運ぶためのキャスターつきの荷台はお父さんの手作りです。亡きお姉さんの友人も手弁当で実務を長きにわたり担ってくれました。

◆まわりを助け、助けられて、仕事がつながる

このように周りの協力を得て仕事を拡げながら、週に2、3日はオープンした事務所に近い京都大学で教授秘書として国際学会の準備などを助ける仕事を始めました。2003年にIDEA BOOKSの仕事が日本担当からアジア全域に拡張されることになり、それを機に大学の仕事は辞めたのですが、しかし、アジア全域での仕事が始まると大学で世話をしたアジアからの元留学生に現地で助けられることもありました。

ディレクターのジョン・サイモンズ氏のお伴でソール訪問

ディレクターのジョン・サイモンズ氏のお伴でソウル訪問

現在は中国のマーケットは台湾の担当者がカバーしていますが、最初の6年間は樹里さんが担当しており、深センに陸路で入らなければならなかった時には「女性一人では危ないから」とかつての留学生が同行してくれました。上海、ソウルでも、初出張の際にはそれぞれ元留学生たちが駆けつけサポートしてくれて、思わぬところでこれまで別々にやってきた仕事がつながっていることを感じてきました。

そうして20年。樹里さんは、IDEA BOOKSでの位置を着実に積み上げてきました。「名もない山を一人で闘いながら必死で登ってきたけれど、今、ようやく霧が晴れて景色が見渡せるようになったと感じています」というのが、ここにきての心境です。

樹里さんの仕事の仕方は目標値に向かって励むのではなく、ただただ目の前のことに対して誠実に全力投球していくだけです。人より儲けたいとか、著名になりたいという気持ちが全くありません。表に出ることだって好きではありません。ただ周りの人がなごやかになって喜んでくれること、それだけのために頑張ったと言います。それもとことん。

サイモンズ氏と仕事中の樹里さん

サイモンズ氏と仕事中の樹里さん

昨年の春には、本社の社長が久しぶりに日本に滞在しました。気むずかしい彼の気性や好みを知り尽くしている樹里さんは、取引先にプレゼンテーションの通訳はソフトな表現ができる女性の方がよいのでは、など細やかな指示を送りながら一月前から準備を重ねました。仰々しいことを嫌いわざとらしいパーティだとすぐに退席しかねない彼のためにできる限りの手はずを整え、そして滞在の最初から最後まで行動をともにしました。「今回の日本滞在は素晴らしかった。樹里、ありがとう。ずいぶん時間をかけて準備をしてくれたんだろうね」と社長は心の底から喜んでくれたそうです。

こういう場合も樹里さんは相手のニーズに合わせた複数の案を事前に用意しておいて、どれを出すかはその場で臨機応変に変えられるよう段取りします。自分が表に出た方がよいかどうかを状況と立ち位置から見極め、出るまでもないときには控え、出た方がよいときにのみ出るという案配です。まるでボクサーが試合の前に体を調整し過不足のない体重に整えていくような徹底ぶりですが、そうした入念な準備があるからこそ、完璧に段取りされていても相手に窮屈さを感じさせないのでしょう。

◆”経験は裏切らない”

樹里さんは静かなファイターなのだと思います。パイオニアとして前例のない仕事に挑み、東京の有名な会社の人たちからは「名もない大学出の女性になにができるのか」と言われたこともあったのですが、そんなことには屈しない樹里さんを支えてきたのは子どもの時に見いだした「経験は裏切らない」という信念です。ことばで言われたことは身につかなくても、どのような境遇にあってもその人が望んで経験したことは身につくことを樹里さんは体得してきました。その信念に従い、これをもっていったらきっと喜ばれるだろうと思える本をその人のために厳選して届ける、それを続けてきました。

そういう仕事の仕方をする樹里さんの周りは本人が望む通りなごやかになり、ブックフェアのような競合する会社の人たちが集まる場ですら樹里さんを挟んで横の関係が結ばれていくそうです。

昨年から樹里さんは、「これまであまりにも目の前のことに必死で邁進していたのが、ようやく何かにしがみつかなくても立っていられる感じがする」ようになりました。それも「なんとかなる!」という自信ではなく、一つずつ集めてきた星があるべきところに並び、月が満ちた感じなのだそうです。

それは、60才すぎの私が感じていることとよく似ています。樹里さん、ちょっと早すぎませんか、それとも私が遅すぎるのでしょうか。「精神年齢は60才だから」と笑って答える樹里さんは、まぎれもなく苦労人です。「10才の時にもう大人だったから」「少女の気持ちが分からなくて、少女マンガも読めないんですよ」と言うほどに。だからこそ人のことがよく分かり、自分にとって何が大事なのかも知り尽くしています。

数年前に樹里さんは自宅と事務所を京都の中心からさほど遠くない山の中に移して、仕事で飛び回る以外の時間のほとんどを「誰のせいにもせずに生き抜く力のある人」と見込んだ夫と愛犬のデンちゃんと共に静かに暮らしています。自宅兼事務所なので写真でお見せすることはできませんが、お二人で作ったそれは心地のよい空間です。

星が並んで月が満ちたこれから先、どの方向に向かうのかはご本人もまだ分かりません。どちらにいくにせよ、どこまでもやってしまう自分をこれからは少しコントロールしていこうと考えています。

以下、樹里さんオススメの書籍です。(中塚圭子)

 

大西樹里さんオススメの書籍

ATLAS OF THE CONFLICT: ISRAEL-PALESTINE

ATLAS OF THE CONFLICT: ISRAEL-PALESTINE

 5年も前に出版されましたが、タイムリーで、かつとても弊社(IDEABOOKS)っぽいセレクトなので、入れてみました。。。世界中どこにでも起こりうる隣国との境界線での諍い:「イスラエル/パレスチナ紛争」を過去100年のデータより分析し500以上の地図とダイアグラムからなる社会学の解説本。オランダのデザイナー、Joost Grootensがブックデザインに関わることで、本来なら膨大な研究と資料に基づいた書籍ゆえに厳めしく大判で分厚くなりがちなところ、すっぽりと片手に収まる、まるで聖書のようなアートブック。遠い国の紛争をぐっと身近に引き寄せる、そんな力がある1冊です。(BEST DUTCH BOOK DESIGN 2010受賞)

 isbn 9789064506888

 Publisher : Nai010  ( オランダ)

 320 p ills 400 colour 17 x 24

                                                 Language : English

 

 

 

FRANCIS ALYS - PACING

FRANCIS ALYS – PACING

現在メキシコを拠点に活動するベルギーの作家、フ   ランシス・アリス(1959生)。9.11NYテロ事件直後のマンハッタンを無目的に徘徊し、西へ東へ南へ北へ9月〜12月までの間に歩いた歩数を方眼紙に線と数字で記録。この間、彼を突き動かしていたのは「少なくとも、歩き続けているあいだは(余分なこと)考えることはない」という観念。この未発表のプライベートな記録をIvory Pressのすすめにより2014年に出版。

 isbn 9788494146268

 Publisher : IVORYPRESS(スペイン)

 94 p, ills colour & bw, 11 x 15 cm, pb,

Language : English

 

YOSHITOMO NARA + YNG - THE CRATED ROOMS IN ICELAND

YOSHITOMO NARA + YNG – THE CRATED ROOMS IN ICELAND

世界でも人気のアーティスト、奈良美智。2009年にアイスランドの首都レイキャヴィーク美術館で開催された個展の模様をまとめた展覧会カタログ。展示のイメージをできるだけ近づけようとしたカタログの製作に5年の歳月を費やした。作品を輸送するコンテナ内に陳列した作品群を、手の混んだ細工作りで仕上げたレアな1冊。もう再版はあり得ないでしょう。

 isbn 9789935420091

 Publisher : CRYMOGEA (アイスランド)

28 p, ills colour, 23 x 21 cm, hb,

Language : English

                                                                  

CHRISTIEN MEINDERTSMA—THE COLLECTED KNITWORK OF LOES VEENSTRA

CHRISTIEN  MEINDERTSMA—THE COLLECTED KNITWORK OF LOES VEENSTRA

 厳しい戦時下にオランダに生まれたLOES VEENSTRA。戦後、家族の暮らしを支えるために働き詰めだった彼女の唯一の楽しみは、編み物。黙々と心の赴くままに手を動かし、形にこだわらずに作り出された無数の色とりどりのセーター。誰のためでなく、袖をとおすこともなく作りためられたこれらニットワークを、オランダのデザイナーCHRISTIEN MEINDERTSMAが見いだし展覧会を開催。その際紹介された60年に渡る作品をまとめた1冊です。

 isbn 9789081995603

 Publisher : STICHTING KUNSTIMPLANTAAT(オランダ)

 576 p, ills colour, 12 x 17 cm, pb

 Language :  Dutch/English 

 

 

IDEA BOOKSのホームページで各書籍の検索をかけると、本の中を覗くことができます。

大西樹里(おおにし・じゅり):1994年からIDEA BOOKSと代理人契約を結ぶ。

IDEA BOOKS住所: Nieuwe Herengracht 11
1011 RK Amsterdam
  The Netherlands 

Tel +31 20 6226154

Fax +31 20 6209299

HP:http://www.ideabooks.nl

Facebook: https://www.facebook.com/ideabooks.nl?fref=photo

 

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