エッセイ

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「旅は道草」その2 マルタはバスの王国

2009.06.29 Mon

 マルタはバスの王国だ。まーるい、小さな島を、500台のバスが、1日4700本、78路線を走る。
 マルタのバスは一台たりとも同じ顔をしていない。ブルドックの顔をしたボンネット型、いかつい顔、かわいい顔と、古いが、手入れの行き届いた、年代ものの車種が、ヴァレッタのロータリーに次々と集まってくる。 バスは運転手の個人所有。組合方式で運営されている。運転手とバスの息はぴったりだ。
 走行中、窓も、ドアも開けっ放し。海風をいっぱいに受け、白い、ほこりっぽいガタガタ道を、ものすごいスピードでビュンビュン飛ばす。気をつけないと開いたドアから振り落とされそうだ。降りるときは天井の紐を引いて呼び鈴を鳴らす。「止まるまで待て!」とドアに書いてあるのに、みんな平気で、バス停に、しっかり止まらぬうちにヒョイと飛び下りていく。
 マルタは歴史上、いくどとなく東西の民族が攻防を繰り広げた要塞の島。オスマントルコとマルタ騎士団が激戦を交わした戦場跡・聖エルモ砦には死者が累々と重なったという。
 あまりのいいお天気に、聖エルモ砦、海岸線ギリギリの道を歩いてみようと思い立った。
 白昼、雲ひとつない空と紺碧の地中海を横目に、人っこ一人いない断崖絶壁の半島を、ぐるっと回る。ここで海に落ちたら最後、地中海の藻屑と消えてしまう。こわごわ、写真を撮る余裕もなく、必死で進む。
 ヴィットリオーサへはバス⑧、タルシーン神殿はバス⑨、漁師町マルサシュロックへは27番バスで30分。ここは父・ブッシュとゴルバチョフが、沖合の船上で、東西冷戦を終結させる会議をしたところ。歴史上、大事な会談は、いつも島や船上と決まっている。地図を見ると、確かに入り江は深く、三層になっている。包囲口も一つ。なるほど警備は万全だ。
 マルタはバスが似合う島。どこから乗っても、どこで降りても、好きなところへ運んでくれる。運賃も安い。一台一台、個性的な顔を持つマルタのバスは、今日も元気に、島を走り抜けていく。
(やぎ みね)

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