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映画評:『コレラの時代の愛』     上野千鶴子

2009.08.24 Mon

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このまんま終わるはずがない。恋愛の執念は、もっぱら ひとりのうちにあるのだから。

 51年9ヶ月と4日、あなたを待ち続ける男がいる。まるでストーカーだ。その男が、あなたを賛美し、あなたにまったく従順で、しかも金持ちで紳士だとしたら?20歳で初めてその男に会ったあなたは、いま72歳だ。男は、あなたが自由の身になるのを、つまりあなたの夫が亡くなるのを、ひたすら半世紀以上、待ち続けた。あなたはその男の求愛を受けいれるだろうか?
 こんな虫のいい話があるだろうか?変わらぬ愛をささげる男が、つねにあなたを見守っている。あなたには、愛されて結婚した夫もいる。夫も裕福で教養のある紳士だ。この三角関係は、まるで『冬のソナタ』みたいだ。『冬ソナ』の脚本を書いたのはふたりの女性。ヨン様が女にとっての「夢の男」で、ふたりの誠実な男の間を行きつ戻りつする女の境遇は、すべての女のあこがれの的だった。だが、この作品の原作は、あのノーベル賞作家、ガルシア=マルケス。『冬ソナ』では、最後に女が男に献身を誓うが、こちらでは男が女に献身を誓う。

 だが、『冬ソナ』との違いは歴然としている。この荒唐無稽な愛の物語を、特別なものにしているのは、たいへん美しいとされる女のせいではなく、男のきわだった執念にある。つまり、やっぱり、これは男が主人公の物語なのである。スペインの俳優、ハビエル・バルデムが男を怪演している。とはいえ、イタリア女優のジョヴァンナ・メッツォジョルノがいささかタカビーでオクテの女の、20歳から72歳までを好演。

 「私があなたを愛している。それはあなたとは関わりのないことだ。」かつて恋愛を論じて、ある男性の文芸批評家は言い放った。そのとおり、恋愛の執念は、もっぱらひとりのうちにある。ストーカーこそは恋愛の本質だ、とほとんど言いたくなる。

 それにしても亜熱帯の植民地の、倦怠と退廃と言ったら…『ラマン』のインドシナでも、この映画の舞台のコロンビアでも、死と腐敗の匂いがたちこめ、官能にしか値うちを見いだせない植民者たちが登場する。

 72歳のラブシーンは、映画界の記録ものか。ふたりを乗せた船は、熱帯雨林の泥の河を、コレラの旗を掲げて走りつづけるが、これがハッピーエンドとは思えない。このまんまで終わるはずがない、と禍々しい予兆がエンドロールのあとに出てきそうな気がするところが、いかにもマルケスだろうか。

監督:マイク・ニューウェル
制作年:2007年 アメリカ
出演:ハビエル・バルデム、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、ベンジャミン・ブラット
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
(クロワッサンPremium 2008年9月号 初出)

DVD情報はこちらです。
http://wan.or.jp/modules/b_wan/article.php?lid=4460








タグ:映画 / 上野千鶴子

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