2009.12.19 Sat
バレエは素敵だ。うっとりと優雅で華やかな夢の世界。それは人間の肉体表現の限界に挑む激しい鍛錬の賜物だ。
パリ・オペラ座は、世界最古のバレエ団にして現在もバレエの最高峰である。その約350年の伝統はいかに受け継がれ発展してきたのか。また、その真髄の体現者、巨匠モーリス・ベジャール亡き後、この重い課題を託された後継者の悩みと挑戦は…。
今月は、世界最高のバレエの舞台裏を描き出す長編ドキュメンタリー2本をたっぷりと―。そこに私たちは、人も芸術も経営も含めた“バレエの夢と現実”を目の当たりにするのである。 米仏合作映画「パリ・オペラ座のすべて」(フレデリック・ワイズマン監督)は、現代最高といわれるドキュメンタリー作家がオペラ座の全面協力の下に、84日間にわたってバレエ界の聖域を密着撮影した2時間半の大作。1661年、ルイ14世によって創設されたオペラ座は、その後の革命や戦争や技術革新の波を生き抜いて、今も世界一のバレエの殿堂として君臨している。
映画の始まりは、毎朝巨大な丸屋根のすぐ下にあるレッスン場で行われるバーレッスンから。現在154人のダンサーの頂点に立つのは、エトワール(スター)と呼ばれる10数名。そのソロやパ・ド・ドゥ(二人組)の練習は特に激しく、精も根も尽き果てるまで行われる。穏やかな口調だがどんな小さな動きも見逃さず徹底して指導するのは、かつて自らエトワールとして同じ役を踊った先輩の振付家たち。「それでいい」「そうだ、最高!」と、息絶え絶えのダンサーらを励ます。
描かれるのはヌレエフ振付「くるみ割り人形」、子殺しの場面が衝撃的な「メディアの夢」、バルコニーの場面が歌舞伎を連想させる「ロミオとジュリエット」など7作品。デュポン、ルグリら日本でもおなじみの顔も見える。
舞台裏では、料理がさすが!の食堂、衣装、化粧、美術部のプロの手仕事、どんな片隅の塵ひとつ見逃さない誇り高き清掃人ら。また「オペラ座の怪人」でもおなじみの秘密の地下の水路と屋上の養蜂の様子(蜂蜜は売店で1瓶約2000円)、そしてすべてを統括する女性芸術監督の赤裸々な交渉ぶり。ダンサーの個人相談から配役、人事管理、企画広報、経営方針まで多岐にわたるが、論旨は明快で妥協がない。
ちなみに、オペラ座(国立)は国家からの助成金が年間160億円(2008年度)、特別制度によりダンサーは10年間の保険料支払いで40歳から年金が受け取れる。定年は男女ともに42歳。かつては男性45歳、女性40歳だったが、2003年から男女平等法に基づいて改められたという。素晴らしい芸術の伝統は、それ相応の公的支援体制に裏打ちされていることにも感動する。
スペイン映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」は、スペインの女性監督アランチャ・アギーレによる人間ドラマ色の強い記録映画だ。それというのも、これは20世紀最高の振付家ベジャール(1927-2007)の死後、バレエ団の存続と発展を託された芸術監督ジル・ロマンに焦点を当て、重すぎる責任と愛する人を喪った悲しみに耐えて一周忌に遺作「80分間世界一周」の公演と、その一ヶ月後に自分自身の振り付けによる新作「アリア」のワールド・プレミアを発表するまでを追った作品なのだ。
舞踊芸術に革命を起こし、「ボレロ」「春の祭典」などの名作で世界中の観客の心をとらえた師ベジャールの偉業を、遺された40人の団員とともに何としても守らねばならぬ。ダンサーを指導しながら自らも新作に取り組むジル・ロマンの表情には凄みさえ漂う。この舞台の成否が今後3年間のスイス・ローザンヌ市からのバレエ団BBL(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)の助成金(年間約4億円)の存続につながるのだ。そして迎えた舞台本番の日―。
アギーレ監督はスペイン文学の教授の資格を持つが、若い日ベジャールのバレエ学校で学んだことがあるという。バレエへの憧れと尊敬が温かい人間ドラマへと収斂する魅力的な作品だ。
『パリ・オペラ座のすべて』
全国順次公開中
配給:ショウゲート
http://www.paris-opera.jp/
コピーライト
(C)Ideale Audience – Zipporah Films – France 2009 – All rights reserved.
『ベジャール、そしてバレエはつづく』
12月19日(土) Bunkamura ル・シネマ 他全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル/アルバトロス・フィルム
www.cetera.co.jp/bbl
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(C)Lopez-Li Films 2009
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