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【特集・装うことから考える・その7】「そのへんのおばさん」考 極楽 蝶花
2010.01.14 Thu
まだ、20歳代の頃のことなのだが、妙に記憶にひっかかっていることがある。何かの用事で初めて行った街のスーパーに、立ち寄った時のことだ。
どの売り場も閑散としている時間帯だった。私は、洋服売り場のバーゲンワゴンを見つけたので、そこへ行って、安売りのセーターだかブラウスだかをいろいろ物色していた。ほどなく、女性の二人連れがやって来て、同じように、バーゲン品を掘り返し始めた。近所の主婦が、家事の合間に誘い合ってやってきたという風情の、当時の私から見れば年配の二人だ。化粧っけもなく、とりたてておしゃれをしている様子もないように見えたので、近所のおばさんたち(なにしろ、私は20歳代だったので)に見えていた。 そのうちの一人が一つの洋服を胸にあてて、「これはどうやろう」と言った。すると、もう一人の人が、「そんなん、そのへんのおばさんみたいやで」と言った。私は、思わず、顔を上げて二人を見つめた。
私の目には、ずっと二人は、「そのへんのおばさん」に見えていたのだったが、「そのへんのおばさん」みたいに見えるのは困る、と、その人達は言っているのだ。すると、この人達は、「そのへんのおばさん」ではない、ということだ。とすると、「そのへんのおばさん」は、どのへんにいるのだ???と、私は頭を混乱させながらその場を離れた。
典型的な「そのへんのおばさん」に見える人が、自分たちを「そのへんのおばさん」とは思っていず、「そのへんのおばさん」は、他にいる、と思っている。たぶん、彼女たちが、「そのへんのおばさん」と思っている人たちと、彼女たちは、第三者からは同様にしか見えないだろうが、本人は、違うと思っている。彼女たちに「そのへんのおばさん」と名指される人たちも、たぶん、自分では違うと思っているだろう。
20歳代だったとはいえ、早くに子どもを産んで、家事と育児に疲れていた私こそが、「そのへんのおばさん」と思われていたのかもしれない。本人は、当然、そのようには自己認識していなかったのだが。
思うに、「そのへんのおばさん」は、他称なのだ。決して、自称されることはないイメージなのだ。自称「そのへんのおばさん」は、どこにもいない。が、この社会の至る所に存在するイメージキャラクターなのだ。
ファッショナブルではない、愛や恋とは無縁の、生活を背負って少し疲れている、頭の中は、今夜のおかずのことでいっぱいの、行動範囲は常に家の近くである、年配の女性がイメージされていると思うのだが、実はそのような女性はどこにも存在しない。
しかし、スーパーの安売りコーナーで服を揃えれば、「そのへんのおばさん」ルックが完成する。少し、他と違うおしゃれを楽しみたいと、猫の刺繍なんかが入っているセーターを選んだりすれば、それはもう、「そのへんのおばさん」必須アイテムを身につけてしまった、ということ。誰も、「今日は、「そのへんのおばさん」路線で装ってみよう」などとは思わないだろうが、既製品で、自分の裁量範囲の服を選べば、自ずとそうなるのだ。一点一点をよく見れば、結構凝っていて、なかなかおしゃれに作ってあったりするのに、総合すると、どうしようもなく「そのへんのおばさん」ルックが完成するのが不思議だ。
町中に、「そのへんのおばさん」があふれているのに、おそらく、誰も自分のことを「そのへんのおばさん」とは思っていないだろう、と考えると、なかなか興味深い光景だ。かく言う私も、他人からは「そのへんのおばさん」と見られながら、「そのへんのおばさん」とは違うつもりで歩いている、「そのへんのおばさん」の一人なのだな。
「そのへんのおばさん」という語は、いつ、どういう文脈で、誰によって使われ始めたのか。私はいつの間にかその語を知っていて、そこには誰に教えられたのでもないイメージが貼り付いていて、そのように見えたくないと思ってきた。つまり、ネガティブなイメージであるのだ。「そのへんのおねえさん」よりも、「そのへんのおばさん」の方が、マイナスイメージなのは、やはり、「そのへん」という無個性で大衆的なイメージと、「おばさん」という美や若さを失ったイメージの相乗効果なのだろう。
「そのへんのおばさん」になってしまわないように、おしゃれな服を着ましょう、という既製服業者の陰謀だったか?? 美容院や化粧品業界も、脱「そのへんのおばさん」戦略で利益を上げている気がする。それに乗せられている自分が、ちょっと悔しいが、とびきりの高級品などを身につけることは土台無理なのだから、どこをどのようにしても、「そのへんのおばさん」以外の何者でもないのも事実だ。だから、開き直ればいいのかもね。
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