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 『フローズン・リバー』   松本侑壬子

2010.01.30 Sat

<身も凍る地で、熱い女は奮闘する>

 真冬の、危険な凍った河を車で越えて、無謀な犯罪に走る2人の女の物語である。人種も年代も生活環境も全く無縁のこの2人に共通なもの、それは母親であること。ともに、それぞれの事情で子供のためにどうしても金が必要な、追い詰められた母親同士である。

 ニューヨーク州の最北端の小さな町。ここはセントローレンス川を挟んでカナダとの国境に面し、また州の法律の届かぬ、北米先住民モホーク族の保留地と隣接している。その朝、レイ(メリッサ・レオ)は、すっかり取り乱していた。絶えずたばこをふかし、涙を流しながら、いらいらと善後策を思案している。ギャンブル好きな夫が、せっかく貯めた大切な虎の子を盗んで蒸発してしまったのだ。その金は、今のトレーラー暮らしから脱出して、何とか2人の息子たちの将来のために小さな家を手に入れるための軍資金。1ドルショップの店員をしながらコツコツとやっと貯めたものだった。 
 年齢よりも老けて見えるのは、生活に疲れ、身なりなど構っていられないのだ。15歳の長男TJは、そんな母親よりは自分の方が稼げるからと働くことを申し出るが、お前は弟の面倒を見るのが仕事よ、とレイはあくまでも自分が家族を背負う覚悟だ。

 夫のいそうな保留地内のビンゴ会場で、レイは夫の車を運転しているモホーク族の女を見つける。追跡して問い詰めると、盗んだのではなく放置されていたのを拾ったのだという。ライラ(ミスティ・アップハム)と名乗るその女は、荒れたトレーラーハウスで一人暮らし。夫の事故死後定職もなく、生まれたばかりの赤ん坊は生活能力がないからと夫の母親に取り上げられてしまっていた。

 ライラは赤ん坊を取り戻そうと、割りのいいアルバイトをしていた。それは、凍った河を車で渡り、カナダ側からアジア人の不法移民をアメリカ国内に運び込む裏仕事だった。危険な犯罪だが、何しろ1人1200㌦の報酬は魅力。散々迷った末に、レイはライラの誘いに乗る。

 白人と先住民の間には差別も誤解も無理解も根深いものがある。始めは不協和音も露わな2人が、目的のためには協力せざるを得ず、目配せひとつで通じる二人組になってゆく心理描写が見事だ。このあたり、さながら“20年遅れて登場した女性版ニュー・アメリカン・シネマ”=「テルマ&ルイーズ」といったノリである。

 ある夜、“客”のパキスタン人夫婦から荷物を預かるが、中身をテロ用の爆弾と誤解したレイは、道端に捨ててしまう。後で、それは実は夫婦の赤ん坊だったと聞かされた2人は、あわてて引き返し拾い直すが、赤ん坊は既に息をしていない。無言のまま走るうち、車内の暖房と抱いているライラの体温とで赤ん坊が息を吹き返す。この奇跡に感動、今後はまともな生活に戻ると神に誓うライラ。だが、レイは新居購入のためには、もう1回だけ河を渡る必要があった。そしてその夜、絶対絶命の危機が―。

 ダイナミックな画面、スピードとスリル、そして泣きたいほどの生活実感。母性愛が自己愛に凝り固まらず、終盤で賢く温かいベストな選択へ向かう見事さ。ラストで見せる2人の女のなんといい顔だこと!

 ハント監督は45歳で、これが長編第一作。力強い大物女性監督登場である。

「月刊女性情報」2009年11月号より転載

タグ:くらし・生活 / 女性表象 / 女性監督 / 松本侑壬子