2010.04.13 Tue
正義や真実が常に勝つわけではない。性格俳優としての鶴瓶も見る価値大。
喜劇役者はすぐれた性格俳優になれる。この映画の最大の収穫は、笑福亭鶴瓶という「映画俳優」の誕生を目の当たりにしたことだ。大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』は、北野武という不世出の俳優にして監督の誕生をもたらした。本作はそれに匹敵する事件だ。 原作・脚本・監督は、『揺れる』('06年)の西川三和。前作から3年ぶり、待たれていた長編映画である。
山あいの村の診療所の頼りなさげな医者に笑福亭鶴瓶、その医者とデキてる気配のあるしっかり者の看護師に余貴美子、お調子者のイケメン研修医に瑛太、製薬会社の営業マンに香川照之、末期ガン患者の未亡人に老けても気品を失わない八千草薫、その娘に井川遥。達者な役者陣が脇を固めている。だれひとり突出しない緻密な構成である。登場人物たちは自分の行動を説明しない。なにかがちぐはぐなまま、日常が過ぎていく。それを張りつめた静謐さで、抜群のカメラワークが、ていねいに切り取っていく。
鶴瓶ドクターが来る前は、この村は無医村だった。かれがいなくなれば、この村はふたたび無医村になる。そこへやってきて、とつぜん「僻地医療」に目覚めたらしい若い研修医の青くさい熱意に、鶴瓶ドクターがじっくりゆっくり吐く一言・・・「うっとおしぃなあ」には、思わず息を呑んだ。う、うまい。
無医村問題や僻地医療を素材にして社会問題を描くこともできたはずなのに、西川監督は「問題」を微妙にはずしていく。問題だらけなのに続いてしまう日常。綻びを見なかったことにして、合わないつじつまを合わせていく人々。「真実」がいつも正しいわけではない。ウソを暴く方が、どうかしている、という気になる。
一県一医科大学を、というので一時期、医師養成機関がバブリーに増えたことがある。当然のように国家試験合格率は下がった。六年間医大に通い、「医学部卒」の学歴を持ちながら医師になれなかった若者たちの「その後」はどうなっただろう?と、ときどき考えることがある。
事情はわからないままに、鶴瓶ドクターのゆき場のなさも、ファザコンぶりも、突然の失踪も、いささか無理なシナリオも、なにもかもひっくるめて、これもアリかも、と思わせてしまう。
でもね。心に沁みる佳品、といいたいところだけれど、ラストシーンがいただけない。落語にオチはあっても、人生にオチはない。この映画は、オチつかないまま終わってほしかった。
監督:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余喜美子、香川照之、井川遥、八千草薫、笹野高史、若松了
配給:エンジンフイルム、アスミック・エース
(クロワッサンPremium 2009年8月号 初出)
カテゴリー:新作映画評・エッセイ