エッセイ

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「旅は道草」その11 グリニッジに行きたい。 やぎ みね

2010.04.15 Thu

 小さいとき、時計の読み方を覚えはじめた頃、「この地点から時刻が始まるのよ」と教えられ、いつか、グリニッジに行きたいと思っていた。あれから50年、ようやくロンドン・テムズ河畔のグリニッジ子午線を踏むことができた。 Bank駅から無人のロボット電車Docklands Light Railwayに乗り、Island Gardens駅へ。河底トンネルを徒歩15分、テムズ川を渡る。河岸には、ちょっと古びた快速帆船カティーサーク号が横たわっていた。中国・インドからの一番茶を、競って届けたという「ティークリッパー」。船首にはcutty(短い)sark(シュミーズ)をまとった魔女が、馬の尻尾を握りしめている。だが、その魔女像も、2007年5月、修復中の火災で全焼してしまって、今はもう、ない。

 旧王立天文台の子午線。ここが東経・西経0度の地点。1884年のワシントン会議でグリニッジ標準時間が公認された場所だ。ここから世界の時が始まる、1本の真鍮の線を、そっと跨いでみた。時刻までも支配する、海運国家・イキリスの面目躍如というべきか。

 そしてもう一つの目的はLombard銀行での手続き。Hyde Park近くの支店を訪ねると、そこはすでに閉鎖。仕方なくロンドンから郊外線で1時間、Red Hillの本店へ。すると、なんということ、8月最終月曜日は、Summer Bank Holidayとは知らなかった。翌日、また訪ねる。用件を告げるとボックスに案内され、太った大柄な女性行員と、小柄できゃしゃなボディガードの男性がついてきた。今だったら、こんな二度手間、ネットで簡単に決済できるのに、ひと昔まえは、ちょっと面倒。

 帰途、Victoria駅からケンジントン宮殿に向かうと、なにやら、ぞろぞろと人が行く。なんだろう? 見ると、宮殿の前に花束がいっぱい。ああ、そうか、今日はダイアナ妃の1周忌なんだ。今もダイアナは、英国民に愛されているんだな。何年か前、ダイアナ妃が、京都・二条城を訪問され、近くの幼稚園児と楽しそうにふれあっていたのを思い出す。あの日、白地に赤い大きな水玉模様のワンピースが、とてもよく似合っていた。

 ロンドン滞在10日間の旅。Bond St.で誂えたブーツは、黒人のシューフィッターが寸法を計り、「これがぴったりよ」と揃えてくれた靴。何年履いても型崩れしない。Libertyで買った傘も愛用の品。Oxfordへのターミナル駅Paddingtonは、『ハリー・ポッター』の始まりの駅でもある。この駅にちなんだパディントン・ベア。今なら通販で、すぐ買えるけど、わざわざ現地で買ってきた熊のぬいぐるみ、今は、うちで可愛い顔をして座っている。

 京都・寺町の骨董品店で求めたイギリス製アンティークの帽子。青いビロード生地、古風な感じが、お気に入りだった。ところが、去年の大晦日。たまたま神戸の埠頭を歩いていたら、急に突風が吹いてきた。アッという間に、風が帽子を、ビューッと海へさらっていってしまったのだ。海の彼方へ、沖へ沖へとプカプカ泳いでいく。遠ざかる帽子を見送りながら、「きっと、あの帽子、生まれ故郷のイギリスへ帰りたかったんだろうな」と、納得して、諦めた。

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カテゴリー:旅は道草

タグ: / やぎみね / イギリス