NHK きょうの料理 2010年 06月号 [雑誌]出版社:日本放送出版協会( 2010-05-21 )定価:¥ 545雑誌 ( ページ )ISBN-10 :ISBN-13 : 4910064610601amazonで購入▲画像をクリックすると購入画面に入ります。ここから購入してWANを応援しよう!


手仕事の季節が到来した。新しょうがに、青梅、みょうが、新にんにく・・・うっとおしい季節をのりきるにふさわしい旬のものが次々店頭に登場する。今年は、何をどう漬けようか、この時期だけ買う『きょうの料理』を見ながら、楽しい想像をふくらませる。

新しょうがは、切るそばから純米酢につけてゆけば、翌日からすぐに食べられる。さくさくした歯ごたえが、箸やすめにいいし、冷たい雨の夜には、お酒のあてにもいい。一年の半分までやってきて、そろそろ疲れのたまりかけた体に、さわやかな生姜の風味が、ほどよくしみわたる。

青梅は、今年は3キロ、梅ジュースに仕込んだ。子供たちが育ち盛りの頃は、最大7キロ漬けた夏もあったけれど、今ではそんなにいらない。社会人として寮生活を送る息子が、たまに帰った時、飲むのに間に合えば十分なくらいだ。3キロあれば一年もつかもしれない。ダイエット中の大学生の娘はもうそんなに飲まないだろう・・・昔は、競い合うように冷蔵庫をあけては、次々、「おいしい水」で割って飲み干し、お盆まで持たなかったものだけれど。

あれこれ過ぎた日のことを思い出しながら、竹串のたばを輪ゴムでとめたのを、さくさく、梅に突き刺す。ちょっとコワイ、わたしのひとり時間だ。そういえば一緒に暮らしていた頃の母は、なんだかいつもコワイ顔して、ぐさぐさ真剣に突き刺してたな。もっと楽しみながらやればいいのに、といつも思っていたっけ・・・と、ふと窓ガラスを見やれば、同じ顔をした自分が映っている。

コワイ、コワイ。こんな、日常の、ささやかだけど大切な、女の時間を、描く映画があればなあ・・・そう思い、何かふさわしい映画を紹介しようと、朝からシネマ記憶の引き出しをあけしめしているのだが、適切な作品をほとんど思いつかない・・・

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アニエス・ヴァルダの『幸福』(64)は、たしかに、テーブル・セッティングをしたり、花をいけたり、優雅に動く女性/妻の手をクローズアップしてみせていたけれど。テンポよく編集された、スタイリッシュすぎる映像には、どこかリアリティが欠如して見えた。ピクニックに行った先で、女の存在がふっと消えてしまい、この世から失われても、何も変わることなく続いてゆく「家庭の幸福」の空虚さを予兆するように。まあ、でも、少々観念的すぎたよね。ワーク・ライフ・バランスのとれた監督は、洋の東西を問わず、いないということか。いや、そもそも、そんな人、監督にはなれないか・・・

名匠ヒッチコック監督ならこう言っただろう。映画は、ひときれのケーキ(a slice of cake)を、見せるもんさ。 人生のひときれ(a slice of life)じゃないって。

そんなヒッチコック作品は、『サイコ』(60)にしても『鳥』(63)にしても、母と息子の強い結びつきと、その裏返しとしての、母親嫌悪が、画面の奥底から、恐怖と共にせりあがってきたものだが。  
 
そんなことを思うのも、昨日、公開まもない『告白』を、仕事帰りのTOHOシネマで見てきたせいだ。ネタバレをしたくはないので、詳細は省くが、全編、「母親」という存在の、おぞましさが、鍵となっている映画だ。


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松たか子演じるシングルマザーの女教師が、我が娘をクラスの生徒に殺され、復讐に向かう。犯人の母親は、息子の罪をかばいたい一心で「子供を学校に連れてきていたシングルマザー」と、女教師を中傷・誹謗する。子を持つ母のエゴイズムが、思わぬ悪意のひきがねとなる。

背後に潜むのは、凡庸な夫と結婚し子どもをもったがゆえに、科学者としての才能を発揮できず、子供を虐待し続け、あげく捨て去った母の側の物語だ。

物語を展開する上で仕掛けられたこうした設定は、母になったことが女性にもたらすさまざまに起伏に富む原初的感情の一部のマイナス面を、極限まで拡大したものだ・・・。そう、頭ではわかっている。しかし、今にいたるまで、わりきれなさが残る。

映画としてはよく出来ている。ストーリー展開のテンポも、映像処理もうまい。今の日本の若者の、奇妙に明るい倦怠感と絶望をうまくとらえている。女教師役・松たか子の、哀しみの底から、瞬時に、傲慢さと悪意をのぞかせる表情も、みごたえある。

しかし、何か、心にひっかかる。それが何かは、言葉化できないでいるのだが。レディス・デーにつめかけた高校生や、若い女性観客はどう思っていたのだろうか。
 
物語の根底に、邪悪な母親の存在を置く手法は、米映画では既におなじみだ。筆頭に、ヒッチコックの『サイコ』!『エイリアン2』(86)のエイリアン・マザー! より近年では、英国女性作家ヴァージニア・ウルフの生涯と作品『ダロウェイ夫人』を下敷きにした映画『めぐりあう時間たち』(2002)の、1950年代主婦ローラがいる。遠い昔に捨てた息子がゲイ詩人となり、愛されない症候群ともいうべき自尊心の欠如に苦しみ、自殺した後、老いた母が姿を現した時、90年代NYに生きる女たちは、「あれが、怪物?」とささやいていたものだ。

しかし、『告白』に描かれた母親的存在のおぞましさは、こうした英語圏映画のおぞましさとは、またどこか異なっている。たぶん、それは、奇妙に日本的な(と私には思えてならない)母性礼賛と表裏一体をなしているせいだろう。それが、言い知れぬ気持ち悪さにつながっているのだ。

母の愛を得られない息子が長じて犯罪に走るパターンは、最近のTVドラマ『チェイス』にも描かれていた。マザコン男性が、いよいよ、ふえているのか。

『告白』は、ハリウッドからのリメイクのオファーもきているらしい。このおぞましさをハリウッドはどう処理するだろうか。マンガ『ママがこわい』の蛇女ママを持ち出すまでもなく、日本には、母親への愛着と表裏一体の嫌悪・恐怖を描く、土俗的〈母もの〉の伝統があるのだ。そういえば、寺山修司の『田園に死す』もその系列だったな・・・

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私にとって、
この世でもっともおそろしい母物日本映画、中田秀夫監督の『仄暗い水の底から』(2002)も、ハリウッドにリメイクされ『ダーク・ウォーター』(2005)として公開されたようだが、結果は、どうなったろうか。

あまりに恐ろしいために、私は二度と見ることはできない。ハリウッド版も見る気はない。

古びたアパートに幼い娘をつれて越してきた黒木瞳演じる母親が、母親にすてられた少女の幽霊と出会い、とりつかれ、自分の娘を守るためにおそるべき選択をする映画だ。背景には彼女自身の幸福ではない少女時代のトラウマがある。

『エイリアン2』の主人公役のシガーニー・ウィーヴァーが、幼い少女を守るためにエイリアン・マザーと闘うシーンからは、ジェンダーを振り落としつつ母として生きる勇気をもらったが、こちらは、心理的に、「母」という存在にべったり腹の底までとりつかれるような、気色の悪さが尾を引いた。エレベーターから、水がほとばしり出る場面など、なぜか、破水したときの、生暖かい水の感触を思い出し、不気味だった。

水無月に、『仄暗い水の底から』を取り上げるなんて、しかし、ぞっとしない選択だな。やはり、しばらくは、この季節、オフタイムは、洗濯物と空模様を気にしつつ、手仕事を楽しむことにしよう。書くこともふくめて。琥珀色に輝く、去年漬けた梅ジュースのとっておきを、ひとり楽しみながら。来るべきシニア・ライフにそなえて、パワー充電しておきたい。

ババアになっても、ジェンダーの罠に、絡めとられるのはごめんだ。