2010.08.14 Sat
『大人の問題』今 市子
この物語は、主人公(直人)が父親の「再婚」相手(悟郎)に出会うところから始まります。
直人は悟郎のそっけなさにしばしばとまどいつつも、徐々に悟郎と打ち解けていきます。直人と悟郎の関わりが深まっていく一方で、直人の母親の恋愛や、悟郎の実家の家族との関わりも描かれます。
この作品の登場人物の大半は、直人もしくは悟郎の「家族」です。
しかしその「家族」は、決して「何も言わなくても通じ合う関係」などとしては描かれません。
互いの本心はいつもヴェールに覆われていて、コミュニケーションを通して互いに推測するしかできないものであることを、登場人物たちは常にクールに認識しています。
その半面、それぞれの親子やきょうだいの間に安定的で強い絆が築かれていることは、読者にしっかりと伝わってきます。そもそも登場人物たちは、「家族」を複数の関係が絡み合う緩やかな組織という程度にしか認識していないように読めます。
というのも、恋愛や離婚などといった様々な契機を通して、「家族」の構成員やその役割は常に変動しているのです。
そのために、誰が「家族」で誰が「家族」でないのか、を分別することは、多くの登場人物にとって困難なことなのです。
藤本由香里さんがご著書で指摘されているように、家族のあり方を問う、というのは、少女マンガ最大のテーマのひとつです。
「そこに何の血縁関係もなくとも、それがどんなに変型の家族形態であっても、心地よい〈居場所〉さえあれば、それが「家族」なのである」(藤本由香里 1998『私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち』学陽書房、114)
ことを、少女マンガは描き出してきました。
『大人の問題』はまさにこの問いを引き継いでおり、その意味で少女マンガの系譜の上にあるように私には感じられます。
そして、「家族愛」という言葉が排除するセクシュアリティが、この作品の「家族」関係にはいつも想起されています。
しかもそれが、父親と悟郎の関係、母親と別の男性の関係といった、複数のパターンで示されるので、そのセクシュアリティはいわゆる「異性愛・再生産」には回収されません。
異性愛の自明視を再考させるというのは、私が思うやおい/BLのテーマのひとつです。
そしてこの問いを、「家族」を問い直すという問題の中でうまく活かしているのが『大人の問題』です。
こういうところから、私は『大人の問題』を「イチオシBL」であり「イチオシ少女マンガ」として皆さんにぜひ読んでいただきたいと思うのです。
『大人の問題』は、見方によっては「ボーイズラブ作品」ではないといえるかもしれません。とはいえこの作品は、少女マンガ・やおい/BLというジャンルの蓄積があってこそ表現され得たものに違いないと思い、「わたしのイチオシBL作品」として紹介しました。
なにより、「BLは『ベストライフ』の略」という含蓄ある言葉を思い出してみると(ちなみにこれは、9月11日に開催されるシンポのための打ち合わせの際に、指定討論者の東園子さんが冗談で言われた言葉です…)、『大人の問題』はまさに「BL作品」といえると思うのです。
※なお、この作品はこのサイトでも既に紹介されていますので、ぜひそちらの記事もご覧下さい。