2010.08.28 Sat
今の若い学生にとって、「ポルノ」とは、「ポルノグラフィティ」であって、「ポルノグラフィ」ではないようだ。授業中に何度訂正しても、間違える。ポルノは遠くなりにけり。その一方で、「男女差別の原因は」という問いかけに対して、圧倒的にAV(アダルトヴィデオ。もうヴィデオで見る人はいないと思うけど)をあげる人数が多いのにも驚かされる。多分わたしたちの年代以上に。女の子もポルノグラフィを、「カレシと一緒に」観たり、いちおう楽しんだりしていることは公言している。なのに、問題だとも思っているのである。どう考えたらいいものか。
さて、ポルノといってもマンガは一人で読むものである。本書はポルノのうちのマンガを取りあげ、どれらがどう読まれているのかを分析した本である。本当に楽しく、面白く読めた。フェミニズムとポルノグラフィの関係について理論的な整理もされており、ポルノと性暴力、検閲などについてどう考えればいいのかの手掛かりを与えてくれる著作となっている。と同時に、歴史的な言説の経緯についても追うことができる。
例えば、行動する女たちの会のポルノ批判は、当時かなり「過激」であるといわれていたが、正面から「規制反対」を謳い、「表現の自由」を行使してポルノ批判をしていた、なんてことは、いわれなければ改めて思いだせなかった。考えてみれば、日本において行政に法的規制を求めた、マッキノンやドウォーキン流のフェミニストって、歴史的に存在したのだろうか(いてはいけない訳では、もちろんないが)。
この本の白眉は、男性向けエロ劇画と女性向けレディースコミックの比較分析である。女性向けレディースコミックに頻繁に出てきて、男性向けにはほとんど出てこない台詞は、「こわい」である。とくに著者は、読書投稿欄に着目し、どのように「読まれる」のかを分析することによって、男性はいかに女性が魅力的であるかということを語るのに対して、レディコミ読者の女性は、「こわく」ない作品を望んでいることを語ることを明らかにしている。
ファンタジーとしてのレイプを欲望しつつも、「こわく」ない性行為を望むという矛盾。それは、現実にはおこってはならないフィクションであるということを強調する、もしくは最初は弱かった女性がどんどん強くなっていく様を描く、愛という理由付けをする、などの技法によって、克服されている。また多くのレディースコミックで多用される内面モノローグが、実はレイプされる側が嫌がっているのではなく、むしろ望んでいるのだということを示し、「こわい」ない性行為を描いているという指摘は、なるほどだと思わされた。確かのその通りである。
男性向けエロ劇画と女性向けレディースコミックは、男女の用語を使って分析がなされているが、著者はここにボーイズラブを加え、男女にかわって「攻め」と「受け」の分析を行う。結果として、レディースコミックとボーイズラブには、女性が安全にポルノを読む仕掛けがしかけられていることがわかる。女性読者は、攻めと受けと両方に同一化して快楽を楽しむだけではなく、双方から距離をとって、第三者視点から読むことが可能である。ボーイズラブはとりわけ、第三者視点を強調し、自分を安全なところに置いてポルノを楽しむことを可能にするのである。
それにしてもポルノ界の流行り廃りは、何と激しいものだろうと思う。インターネットの普及は、確実に紙媒体によるマンガの位置づけを変えてしまった。とはいえ、携帯でボーイズラブやレディースコミックが盛んにダウンロードされているから、マンガというジャンル自体が廃れているという訳ではないと思うが。
ボーイズラブに限って言えば、著者が博論を書いてから、かなりの速度で普及が進んだ。著者が分析しているのは、『コミック JUNE』であるが、多くのボーイズラブマンガ雑誌は、『コミック JUNE』ほどハードで露骨にではないが、ポルノと化している。本文中で「性描写はおまけ」とされている『麗人』は現在、物語性の高いけれど、やはり性描写は不可欠とされているポルノコミックであると、個人的には感じる。
一方レディースコミックは、本屋の店頭で見ることも少なくなった。体裁としては「グリム童話」や「嫁姑」についてのマンガが採られていて、以前とは大きく変わっているが(内容は変わっていなさそうである)。このレディースコミックを愛読していた層は、どこにいったのだろうか。個人的には、ボーイズラブ愛好者層のいくばくかは、以前のレディコミ読者だったのではないかと考えている。本書の続編もまた、是非読みたい。
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