2010.09.08 Wed
「やおい」や宝塚歌劇について考察を続けてきた東園子による論稿「妄想の共同体――「やおい」コミュニティにおける恋愛コードの機能」(東浩紀・北田暁大編『思想地図』vol.5、pp.249-274、日本放送出版協会、2010年)。これを読んで、かねてから「やおい/BL」をめぐって抱いていた疑問に関して、いくつか考えるヒントをもらった。ここではとくに「相関図消費」という概念と「やおい」コミュニティ=「妄想の共同体」の魅力に注目したい。
まず紹介したいのは、新しく提起された「相関図消費」という概念である。東は、物語の舞台設定や世界観に関心を向ける狭義の「物語消費」(大塚英志)=東の言葉では「世界観消費」と、キャラクターやその構成要素を物語世界から切り離して集積する「データベース消費」(東浩紀)を参照しながら、それとは異なるものとして、「やおい」的な二次創作に見られる作品消費のあり方を「相関図消費」と名付けている。「やおい」は、キャラクターを原作の物語世界からは切り離すが、人間関係からは切り離さない。キャラクター単体に関心を寄せるのではなく、複数のキャラクター間の関係性に目を向けるのである。東は、「オタク文化の中には、世界観消費→データベース消費という流れと並行して相関図消費というモードが存在しており、前者の担い手は主に男性、後者の担い手は主に女性という形でジェンダー化されている」(p.254)と指摘する。
私見では、異性愛を描く「少女マンガ」の場合には、「自己モデル消費」とでも名付けたくなるような主人公(主にヒロイン)への深い感情移入や同一化をともなうモードも優勢である。外見や性格、その行動パターンが「理想の私」あるいは「等身大の私」(これって私!)として、ときに世界観や相関図以上に前景化して消費されるのである。少女マンガは「やおい/BL」の「源流」のひとつであるが、「やおい/BL」を「相関図消費」に特化して派生したジャンルと考えると、少女マンガとの対比がより鮮明になるかもしれない。
次に注目したいのは、「やおい」を「解釈ゲーム」だとする指摘である。東は、「「やおい」系女性オタクたちが行っているのは、ある作品を男同士の愛を描いたものと見なす「やおい」理論を用いての、原作の人間関係の解釈を競い合う解釈ゲームだ」(p.256)と述べる。この指摘は「やおい」の面白さをわかりやすく示している。
筆者は以前、「やおい」に関して、「読まなくても大体わかるから面白くない」という意見を投げかけられ、うまく反論することができずに戸惑ったことがあった。たしかに、「やおい」は比較的ページ数の少ない短編が主流で、表紙を含めたカップリングの情報、その外見の描き分けや構図などから、ある程度ストーリーが推測できることも多い。「読まなくてもわかる」=「面白くない」といった意見はそのあたりを指しているのだろう。
しかし、「やおい」がある特定の型に基づいた解釈ゲームなのだと考えると、その「面白さ」は未知のストーリーの結末を追うことにあるわけではないことがわかる。原作の人間関係の解釈の提示こそが重要であり、それを通した「やおい」コミュニティ内でのコミュニケーションが志向される。「やおい」読者は孤独に作品世界やキャラクターと向き合うのではなく、コミュニティの他の読者の解釈を聞くことを快楽とする。東が「共同的行為」と述べるように、「他人の妄想=解釈を聞くことは新たな妄想=解釈を呼び起こし、それがまた別の人の妄想=解釈を引き出して、妄想=解釈が増殖していく」(p.258)のである。
さらに東は、このような「やおい」コミュニティの特徴について、「「やおい」コミュニティという女同士のコミュニケーションを楽しむための場は、つねにすでに異性愛と結びつけられることから束の間であれ女性を解放」し、「異性愛が義務化されている女性の状況を相対化させる契機を秘めているのではないだろうか」(pp.269-270)と述べる。
なぜメディアは「やおい/BL」を好む女性=「腐女子」を語る際に、彼女たち自身の異性愛関係の有無に目を向け、「もてる/もてない」といった議論を繰り返すのか、その背景に触れたあと、東は論稿の最後をこう結ぶ。
「「やおい」を好む腐女子たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛を排除したところで成り立つ、女同士の絆がもたらす快楽を求めているのである」(p.271)――――。
「攻め×受け」のカップリングや物語の内部に往々にして異性愛のモデルが入り込んでいる点など、「やおい/BL」が異性愛から完全に自由であるとはいえない。とはいえ、雑誌やマンガをはじめ、あらゆる女性向けメディアが異性愛の物語を謳い上げるなかで、そこから相対的に自由になり、女同士の絆を深めることができる「やおい」コミュニティという場がいかに魅力的であるかを、この論稿はわかりやすく教えてくれる。
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