エッセイ

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<女たちの韓流・10>「初恋」      山下英愛

2010.11.05 Fri

①歴代最高視聴率のドラマ

ドラマ「初恋」(1996~1997全66回KBS2 週末連続ドラマ)は、韓国で歴代最高の視聴率(65.8%)を記録したドラマとして知られる。日本でもペ・ヨンジュン人気にあやかって放映されたのはよいが、残念ながらカット版だったそうで、「だしの入っていない味噌汁のようだ」と評されたとのこと。韓国ドラマの代表作をカットして放映するなんて、いくら何でもちょっと悲しくなってしまう。

 脚本を書いたチョ・ソヘ(曺小惠1956-2006)は、「若者のひなた」(1995)と「初恋」で一躍人気作家になったが、末期肝臓がんを宣告され急逝した。遺作となった「裸足の青春」(2005)は視聴率が振るわず、本人はそれががんの宣告よりも辛かったそうだ。韓国のテレビ局の視聴率競争のプレッシャーがいかに大きいものか、これによっても分かる。

kanryu1 さてドラマは、母親を亡くした家族が1975年の夏に、ソウルから春川へ引っ越してゆく場面から始まる。一家は、映画館の看板絵描きとして細々と生計を立てる父親ドクペ(俳優:金仁文(キムインムン)1939~)と、中学校と小学校に通う兄弟チャニョク(崔秀鍾(チェスジョン)1962~)とチャヌ(裵勇俊(ペヨンジュン) 1972~)、そして学校には通わず母親の代わりとして、もっぱら家族の世話をする姉チャノク(ソン・チェファン1968~)の四人家族である。また主な登場人物は、チャヌの同級生で、映画館経営者の娘ヒョギョン(李丞涓(イスンヨン)1968~)と、隣りの家の娘シンジャ(イ・ヘヨン1970~)、チャニョクの親友トンパル(ペ・ドファン1964~)、ヒョギョンの父親の兄貴分にあたる政治家の息子であるソクジン(朴相元(パクサンウォン)1959~)と娘であるソクヒ(崔志宇(チェジウ) 1975~)である。

ストーリーは、チャニョクとヒョギョンの初恋を軸に展開される。地元のヤクザを引き連れて企業家にのしあがろうとするヒョギョンの家は、娘が貧しい看板絵描きの息子とつき合うのを許さず、力ずくで引き離そうとする。そのためチャヌも巻き込まれて暴行を受け、父親もひどい目に遭う。善良な庶民が貧しいというだけで差別され、一方的に被害を受ける社会。そんな貧乏暮らしから脱出するために、名門大学の法学部に進み法律家を目指すチャヌ。また、チャニョクを片思いしてきた勝気なシンジャは、お金を稼ぐために家出してソウルに上京し、チャニョクへの思いを支えにしてたくましく生きる。

チャニョクとヒョギョンの初恋は、あまりにも多くの代償を余儀なくされる。ヒョギョンの父親はチャニョクをつかまえて、二度とヒョギョンに会わないことを約束させ、軍隊に放り込む。また、ヒョギョンをフランスに留学させて、二人の縁を完全に断ち切らせようとするのだが、ヒョギョンは親を騙してソウルに止まり、チャニョクの除隊を待つ。そのことが発覚してチャニョクはヒョギョンの叔父たちの暴力団に追われ、逃げる途中、交通事故に遭う。一命は取り留めたものの、長い間意識不明が続き、足に重度の障害を持つ身となる。父親はそのことにショックを受け寝込んでしまう。チャヌは兄の治療費を稼ぐために、司法試験の二次試験を断念し、休学してカジノで働き始める、という具合である。

このような踏んだり蹴ったりの状況の中で、弟のチャヌはヒョギョンの家に対して憎しみと復讐心を抱く。明晰な頭脳の持ち主であるチャヌは、バイト先のカジノの社長に目をかけられ、その秘書として働くようになる。大きな開発プロジェクトの競売にヒョギョンの父親の会社が関わっていることを知り、相手を倒産寸前に追い込む。最後に倒産だけは免れさせるが、ヒョギョンの父親は不渡りのショックで死に、叔父に謝罪させることで、これまでの恨みを晴らす。

やがてチャヌは秘書を辞め、再び司法試験の勉強をするため家に戻り、ギタリストと結婚して子どもを産んだ姉、小さな養鶏場を営む年老いた父親、足は不自由だが、好きな絵を描きながら暮らすチャニョクと一緒に暮らし始める。そして近い将来チャヌは法律家になってソクヒと交際するようになること、また、ヒョギョンに別れを告げたチャニョクは、シンジャにプロポーズすることを暗示してドラマは終わる。

②“韓国的美徳”を支える女性像

このドラマが韓国で絶大な人気を得たのは、チャニョクとヒョギョンの恋愛よりも、むしろ貧しい父子家庭の温かい家族愛がひしひしと伝わる内容のためであろう。善良で庶民的な父親の子どもたちへの愛情と、息子(とくに長男チャニョク)の父親への敬愛の念と孝心は、“韓国的美徳”といわれる家族愛をよく表現している。その上に、父や兄の犠牲に憤り、ヒョギョンの家族の暴力的振る舞い、或いは貧富の格差という不条理な社会に立ち向かう弟チャヌの見事な挑戦。それを支える強い兄弟愛と友情、シンジャのひた向きな姿なども、視聴者を引き付ける十分な要素となっている。

 しかし、このドラマに登場する女性たちの姿は、そうした韓国的美徳とされる家族を支える女性像をよく映し出しているといえるだろう。姉のチャノクは義務教育である初等教育は受けたであろうが、上級学校には通わせてもらえず、家族の世話を天職のように担う。父親だけでなく二人の弟に対しても常に気づかい従う姿は、子どもや家族のためには犠牲を惜しまぬ母親像にも重なる。家族における息子と娘の待遇と役割の違いをここに垣間見ることができる。

また、チャニョクとヒョギョンの両家の関係が決定的に悪くなったのは、もとはと言えば、姉を強姦しようとした映写技師を、チャニョクが暴力で制裁しようとして映画館に損害を与えたことがきっかけだった。姉に対する性暴力を、加害者に対する法的な制裁によってではなく、家族の一員の男性が加害者の男性を暴力によって懲らしめることで制裁する。逆説的にいうと、姉の“貞操”は家族の所有物であり、それが傷つけられることは家族の男たちの名誉に関わるという考え方がそこにある。

kanryu2一方、ヒョギョンという女性は、チャニョクをひたすら愛し続けるヒロインとして描かれるが、彼女はそれ以外のことは何もできない無能な人物のようでもある。チャニョクが美大を断念せざるをえない事情や、自分の父親と叔父がチャニョク兄弟に対して行っている暴力的仕打ちに気づきもしない。別れようと決心するチャニョクにすがりつき、自分のわがままを通そうとして、チャニョクを再び危険な目に遭わせてしまうのである。それでいて自分の無鉄砲な行動の尻拭いを平気でソクジンに頼み、自分で責任をとろうともしない。そして父親からチャニョクが「死んだ」という嘘の話に自殺を図ったり、パリでの留学生活中もソクジンにもたれかかり、ついには自分から結婚を申し込む。チャニョクが生きていることを知ると、ソクジンへのプロポーズの舌の根も乾かぬうちにチャニョクに会いに行こうとする。このようにヒョギョンは、周囲の男たちに依存しないと生きていけない女として描かれている。

kanryu3 2000年代の韓国ドラマの女性主人公のキャラクターは、基本的に善人で道徳的で“純粋”である。そこに積極性と利発性を持ち合わせたキャンディー型が多いのだが、90年代半ばに放映されたこのドラマのヒョギョンは、一途で純粋だが、キャンディー型ではない。むしろそんな要素はシンジャの方が持っているといえる。シンジャは、ソウルに上京して喫茶店や旅館の手伝いなどを経て、卸売市場で洋服を売っている女性の信頼を得て、店を構えるまでになる。そして絵描きとしてチャニョクを成功させようと、パリに留学させる資金をこつこつ積み立てる。ドラマの中で、茶房(喫茶店)の店員になりコーヒーを配達した先で、男性客から売春を求められ、シンジャが怒って席を立つ場面がある。だが現実には客の求めに応じざるをえないだろう。無一文で上京した女性が茶房に勤めたら最後、借金地獄に陥って、売春を強要されることはめずらしいことではなかったからだ。

もう一人、チャヌに好意を寄せる同じ名門大学の学生であるソクヒは、貧民村などを取材するジャーナリスト志望の有能な女性として描かれている。このドラマに登場する大学生は、時代的に“386世代”(60年代生まれで、80年代に大学生として民主化運動を行い、30代で90年代を迎えた社会意識の高い人々の世代)にあたるが、チャヌもソクジンもヒョギョンも社会問題にはあまり関心がなく、唯一このソクヒだけが少しそれらしく描かれている。それでも、彼女はどちらかというと特権階級の娘であり、厚化粧に高級な服を身にまとった外観からすれば、学生運動家とはほど遠い。

③俳優たち

このドラマに登場する若手の俳優たちは、みんな演技が上手だが、特にチャノク役を演じたソン・チェファンとシンジャ役のイ・ヘヨンが光っている。イ・ヘヨンはこのドラマでデビューし、最近では「内助の女王」(日本でのタイトルは「僕の妻はスーパーウーマン」2009)のボンスン役でひときわ人気を集めた。また、ヒョギョン役の李丞涓(イスンヨン)は、1957年に韓国で始まったミスコリア大会(1992年度)の入賞者で、俳優の辛愛羅(シンエラ)と車仁杓(チャインピョ)が結婚するきっかけとなった「愛をあなたの胸に」(1994)や、「砂時計」(1995)などにも出演している。彼女はヒョギョン役で一躍トップスターとなるが、2003年にいわゆる「慰安婦」をテーマとしたヌード写真集を出そうとしたことで世論のひんしゅくを買い、一時期活動を自粛したことがある。

kanryu4男優で言えば、主役の崔秀鍾や裵勇俊は言うまでもないが、このドラマではとりわけ、父親役の金仁文の演技が際立っている。韓国で大ヒットした映画「猟奇的な彼女」(2001)などにも出演している。金仁文は2005年に一度、脳梗塞で倒れたが、2007年にカムバックし、映画や演劇に出演してきた。昨年11月には、韓国障害人演技者協会の会長に就任し、障害を持つ放送関係者や演技者たちを援助することに尽力している。

 ドラマの結末で、チャニョクが再びヒョギョンとよりを戻すのか、それともシンジャと結ばれるのかについて、視聴者の関心が高かったそうである。ヒョギョンがソクジンと結婚の約束を交わした後、チャニョクが生きていることを知って、ヒョギョンの心が揺れるのを感じたソクジンは、ヒョギョンと別れる決心をしてパリに旅立とうとする。そんな時、内心シンジャと結婚しようと心を決めたチャニョクが、ヒョギョンに電話をかけるシーンがある。そこでチャニョクは、自分たちの「初恋」はお互いの胸の奥にしまっておこうと告げるのだが、その後が少々余計だった。チャニョクは「ソクジンをパリに行かせてはだめだ、しっかりつかまえろ」とヒョギョンに言うのだが、ソクジンにだってヒョギョンから逃げる権利がある。それにヒョギョンにもそろそろ目を覚ましてもらいたいものだ。

写真出典:http://kr.image.yahoo.com

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カテゴリー:女たちの韓流 / WAN的韓流 / シリーズ

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛

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