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映画評:『ベッカムに恋して』 藤田智博

2011.03.17 Thu

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.今年(2011年)の夏にはサッカー女子ワールドカップがドイツで開催されるが、その前にこんな映画を振り返っておくのもよいかもしれない。

ただ、『ベッカムに恋して』という邦題は誤解を招く。タイトルに反してシリアスな映画だからだ。原題はBend It Like Beckham。直訳すれば「ベッカムのように曲げろ」。ベッカムとは、御存じ、元イングランド代表のプロサッカー選手で、曲げたボールで見事なゴールを演出した。

本作は、ベッカムのようなサッカー選手を夢見る十代の女の子が主人公のコメディだ。舞台はイングランド。彼女はすごくサッカーがうまい。が、彼女がサッカーに打ち込むのは容易ではない。なぜか。

それは、彼女が女の子、それもインド系の女の子だからだ。女子がサッカーをする環境が整備されているとはいいがたい。クラブ数は男子と比べて少なく、また、サッカーは女子がするスポーツとは考えられていない。そんな環境や偏見に向き合わなければならない。

それだけではない。彼女の両親を含めた家族は、イギリスにおけるインド人社会のなかで暮らしている(このような境遇はインド人ディアスポラと呼ばれる)。両親はインド系男性との結婚を望む。彼女や彼女の姉の結婚を成功させるためには、そのような社会での規範・ルールを守る必要がある。半袖短パンといった肌を露出したサッカー・ユニフォームですら、はしたないとされるのだ。

そのような家族、伝統、規範と衝突しながら、彼女はサッカーをし、また、彼女を応援してくれる白人男性への憧れ・恋愛の感情を育んでいく。その衝突と克服の過程こそが本作の面白みだ。

印象的なシーンがある。試合中、相手選手から「パキ!」(パキスタン人の蔑称)と罵られた彼女は、キレて、相手選手につかみかかる。それで審判からレッドカードを食らい、退場してしまう。サッカーでの退場は、味方が一人少なくなることを意味する。つまり、レッドカード=退場とは、味方に負担を強いる=迷惑をかける行為だ。

このシーンが印象的なのは、サッカーにおけるあからさまな人種差別や挑発を映像化しているからだけではない。差別や挑発があったとしても、チームのためには、耐えてプレーしなければならないことをも同時に示しているからだ。

差別に耐えろ、と言いたいわけではない。耐えなければいけないことのリアルさが映像化されているのだ。もちろん、サッカーにおいても人種差別的な言動は何らかの処分の対象になる。だが、それがなくならないのも現状だ。先日(2011年1月)の男子サッカーアジアカップ、日韓戦での韓国選手による猿真似のパフォーマンスが話題になったのは記憶に新しい。

このように、本作は、イギリスで暮らすインド系のサッカー好きの女の子の物語を通して、グローバル化する社会のなかでジェンダー、文化(伝統や規範)、人種といった問題がどのように生じるのかを描いてみせた。それは同時に、イギリスにおけるインド人ディアポラの複雑な生の一部でもある。サッカーにおいても、国際的には決して強くない本国インドとサッカーの本場イギリスとの間で、インド人ディアスポラは複雑な折衝を迫られているようだが、本作はそのような問題を考える上での入口にもなろう。

インド系の女の子ジェスを演じるパーミンダ・ナーグラは日本ではアメリカのテレビドラマ『ER(緊急救命室)』のニーラ役で有名だ。また、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキーラ・ナイトレイ(ジュールズ役)も出演している。監督はインド系イギリス人女性グリンダ・チャーダ。ちなみに、ジェスが憧れ、部屋にポスターとして貼っていたのはベッカムだが、ジュールズはアメリカのミア・ハムといった女子サッカー選手のポスターを貼っていたと思う。また、ベッカムと同じく元イングランド代表で、かつて名古屋グランパスエイトでもプレーしたゲーリー・リネカーもちらりと出演しており、サッカーファンにも楽しめる内容だ。

藤田智博(ふじたともひろ・大阪大学大学院生)








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:人種差別 / ディアスポラ / 女とスポーツ / グリンダ・チャーダ / サッカー / イギリス映画 / 藤田智博 / 女性監督