2011.05.20 Fri
5月のある日曜日、同じマンションに住む友人が、真剣な顔をして訪ねてきた。見ると、シャツの中に、小さなこねこが「ミーミー」と、ないている。
「どないするのん、こんなちっちゃいこねこ、拾ってきて」「鴨川の土手を自転車で走っていたら、草むらに、こねこが、ないていたんだ。ついてきて離れないから、仕方なくつれて帰った。みねさんの知り合いに、このねこ、もらってくれそうな人、いないかな」。
マンションで飼うわけにはいかない。ねこ好きの人たちの顔を、ぐるぐると思い描いた。近くの鰹節屋さん、お肉屋さん、着物屋さん。早速、二人であちこち訪ね歩いた。
あいにくの日曜日、どこも閉まっている。ようやく開けてくれた二条通りの鰹節屋のおばさんは、「ごめんね。最近、17歳の犬が大往生したばかりやから、今はむり。飼うてあげられへんわ」と、やんわり断られた。御池通りのお肉屋さんは、以前、三毛ねこが家出をして、「尋ねねこ」のチラシを貼っていたのを思い出した。ピンポンと押しても応答がない。もう一軒の着物屋さんもだめ。
途方にくれる。子ねこはおいしそうにミルクを飲んでいる。見れば情が移るから、なるべく顔を見ないようにして、あれこれ思案した。
「そうそう、御所の迎賓館の裏手の藪に、いつも野良ねこにエサをやりにくるおばさんがいるから、そこへつれていってみたらどう? あそこならきっと生きていける」「うん、行ってみる」。
しばらくして、「御所にいったら、ちょうどエサをやりにきた人がいて、五条のあたりに猫をもらってくれる人がいるらしい。電話も教えてもらった」。電話をかけても応答がない。自転車で訪ねてみた。すると、部屋には9匹のもらいねこがいた。おばさん曰く、「お預かりするには獣医さんの健康診断書がいるの。元気だったら預かります。病気だったら治ったあと、つれてきて」「わかりました。明日、医者につれていきます」と答えて、一晩、こねこは、彼の家に泊まることになった。
どうやら、もとは飼いねこだったようだ。ちゃんとしつけができている。部屋の隅につくったトイレで、きちんと用を足したらしい。
翌朝、獣医さんに向かう前に、昨日、留守だったお肉屋さんを、念のため訪ねてみた。太ったおばさんと娘さんが、大のねこ好きだった。「いいですよ、家出をした三毛ねこの身代わりに来てくれたと思って、かわいがります」と、快く預かってくれた。
ホッと一安心。ようやく、こねこの落ち着き先が決まった。早速、鰹節を1本買い求め、お肉屋さんにお礼を届けた。
あほらしいと笑われても、小さな命を見捨てるわけにはいかない。
昔、野良ちゃんたちが、2階のベランダまで上がってきていたことがあった。マンションでは飼えない。心を鬼にしてエサをあげないことにした。隣の家の蔵のあたりで、じゃれているのを、よく見かけた。一匹減り、二匹減りして、とうとう一匹になった。最後の一匹が、何を思ったか、何年かぶりに、2階までひょいと昇ってきて、ベランダの花壇に鼻をすり寄せていたことがあった。抱き上げて「もうお帰り」といって離した。そしてその日から姿が見えなくなった。別れの挨拶にきたのだと、あとでわかった。
動物たちは、人よりも、はるかに礼儀正しい。
東日本大震災と原発事故のあと、取り残された動物たちのことを思うと、なんとも辛い。災害から無事、生きのびた人々を大事にするのと同じく、残された動物たちにも、そうであってほしいと、心から思う。
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