2011.06.05 Sun
大分前に、韓国の友人がドラマ「バラ色の人生」(KBS、2005、全24話)のDVDを手土産に持って来てくれた。その友人は、「私の一番好きなドラマだから、ぜひ見てね」と言ったのだが、すぐには見ないで、最近まで書棚にしまっておいた。それは、女性主人公が夫の浮気で苦しんだ末にガンで死ぬ、という重苦しい内容であるからだ。その上、主人公を演じたチェ・ジンシル(崔真実1968~2008)が、その頃、ネット上に悪質な噂を流され、二人の幼い子どもを残して自殺するという痛ましい事件が起こったため、一層気軽に見られなくなってしまったのだ。
しかし、このドラマは「私の名前はキム・サムスン」、「がんばれ!クムスン」とともに、2005年を代表する作品である。お涙頂戴式の“新派ドラマ”と評されつつも、最高視聴率はクムスンを上回る47%を記録した。それに、1990年代に、明るくて頑張り屋のキャンディキャラクターで一世を風靡したチェ・ジンシルが、夫の暴力と離婚で辛酸をなめた後の復帰作としても注目された。脚本は、「愛情の条件」(2004)、「糟糠の妻クラブ」(2007)で有名なムン・ヨンナムが、演出は「黄色いハンカチ」(2003)でお馴染みのキム・ジョンチャンが担当した。
庶民家庭の物語
主人公のメン・スニ(俳優:チェ・ジンシル)は、貧しい家庭の長女として生まれ育った。11歳の時に母親が家出してからは、幼い弟と妹の親代わりとなり、家族のために一生懸命働いてきた。そのおかげで妹は、大学を卒業してキャリアウーマンとして活躍しているし、弟は米国に留学中だ。一人暮らしで飲んだくれの父親の家に、毎日のように行って家事の世話をしているが、弟がいずれ帰国して父親の面倒を見る約束になっている。
スニは、高校を卒業して勤めた銀行で、夫のパン・ソンムン(ソン・ヒョンジュ)と出会った。ソンムンは長男で大学も出ている。彼の家では、スニが五つも年上で、学歴もなく、母親もいない貧しい家の出身だといって初めは結婚に反対した。そのためスニも身を引こうと思った。だが、ソンムンが「君の人生をバラ色にする自信がある」と言って、しつこく求婚したため、結局受け入れたのだった。
結婚後は会社を辞めて主婦となり、二人の娘が生まれた。相変わらずスニを見下す姑と小姑には何かとこき使われたが、不満も言わずに従った。その上、一銭でも多くお金を貯めようと、内職をしたりして家計をやりくりしてきた。夫の安月給にもかかわらず、結婚10年目にしてマンションを手に入れることが出来たのも、そんなスニの努力のたまものだった。
夫の不倫
ところがある日、スニは夫からいきなり「離婚してくれ」と言われて驚く。いつも家族の世話と内職に忙しかったスニは、それまで夫の素行を疑ったことはなかった。毎日帰宅が遅くても、仕事や付き合いのせいだという夫の言葉を信じてきたからだ。だが、夫は1年以上も前から、取引先の女性と親密な関係を持っていたのだ。その女性(オ・ミジャ)は、夫に暴力を振るわれて離婚したシングルマザーで、その気の毒な身の上を知ったソンムンが同情を寄せたのがきっかけだった。
オ・ミジャは、幼い子どもの将来を思い、早く再婚して生活を安定させたいと考えている。そんなミジャにとって、妻子持ちのソンムンとの関係は、危険な賭けのようなものだった。ソンムンは「妻と別れてお前と一緒になる」と言うが、いつまで経っても離婚する気配がない。ミジャは自分が単に遊ばれているのではないかと不安に思った。それで、妻と死別して再婚を望む金持ちの年配の男性とこっそり付き合い始めた。ところが、それを知ったソンムンが逆上して怒ったので、それなら早く離婚して、と迫ったのである。
その間、ミジャの望みを知りつつも、なかなか離婚を言い出せず、ズルズルと先延ばしにしてきたソンムンは、尻を叩かれた競走馬のように向こう見ずとなり、思い切って妻のスニに離婚を切り出した。最初はミジャのことを伏せて、「ただお前が嫌になった」と言い張ったが、じきにミジャとの関係がバレてしまう。すると今度は開き直り、「かわいそうなミジャには俺が必要だが、しっかり者のお前には、俺なんか必要ないだろう」と、屁理屈を並べたてて、家を出てしまった。
耐える妻
パン・ソンムンがいくらひどい夫とはいえ、スニにとって離婚は、生活基盤を失うことを意味する。また、子どもたちに辛い思いをさせるのも目に見えている。だからそうやすやすと離婚してたまるかと、スニは歯をくいしばって妻の座を守ろうとする。そして経済的に自立しようと、内職に加えてスーパーのレジや代理運転など、手当たり次第働いて体を酷使した。そんなある日、稼ぎの良いヤクルトの配達権を買い取る話に乗って、貯金をすべてつぎ込んだスニは、間もなくそれが詐欺だったことを知る。スニはショックのあまり倒れて病院に担ぎ込まれ、更に検査の結果、胃がんが見つかる。
一方、ミジャの家に転がり込んだソンムンは、ミジャを母親や妹に紹介して事実上の嫁であることを認めさせ、スニを家から追い出そうと躍起になる。当初は、「父親の血は争えない」と、息子の浮気に呆れていた姑と小姑も、その内、スニより一見、上品で気前のよいミジャが気に入り、スニに対して辛く当たるようになる。だが、ミジャの方は、ソンムンの限界をとうに見極め、着々と別の金持ち男性との再婚話を進めていた。そして、ソンムンが新居を購入するために銀行から借りたお金を、自分の借金の返済にあてたうえ、とっとと姿をくらましてしまった。スニを散々苦しめ、離婚を承諾させたソンムンは、ミジャにあっけなく裏切られ、お金も職場も失うはめとなるのだ。
ソンムンが妻スニの病気を知ったのも、ちょうどその頃だ。それは彼にとって天罰のように重くのしかかった。自分がひどい仕打ちをした分、スニの命を削ったかのように感じたのである。ソンムンは自分の過ちを悔いて、闘病する妻に寄り添おうとする。だが、スニはそう簡単には受け入れてくれない。それでもソンムンは、まるで人が変わったように、ひたすらスニに尽くすのであった。
愛の二重性
このドラマは、前半ではソンムンの身勝手な行動に憤慨し、後半では、がんで苦しむスニと、改心して献身的になった夫の姿に涙を絞られる仕掛けとなっている。このあまりにも単純なストーリーに視聴者が夢中にさせられるのは何故なのか?恐らくそれは、ソンムンの“浮気”を発端とする夫婦の葛藤が、多くの視聴者たちにとって身近なことだと思えるからであろう。
パン・ソンムンはある意味で、家父長的社会の典型的な男性像である。その属性の一つが、妻と愛人を持とうと欲することだ。ソンムンは、妻として、嫁や母としての役割を担うスニも必要とし、家の外では、社会生活による緊張をほぐし、性的欲望を満たしてくれるミジャも、出来ることなら手放したくない。ドラマではミジャが、外から家族の内側に入ろうとしてその均衡が崩れる。だが、スニの妹ヨンイが付き合っていた既婚者のイ・ジョンドに象徴されるように、男たちにとって愛は二重性をもつと言える。それは、ソンムンの亡父や、妹の夫(チョン・ウォンマン)などにも共通している。
ソンムンと違って上流層に属するイ・ジョンドは、より巧みに二つの愛を操ろうとする。いかにヨンイに対する愛が“真実”であろうと、自分の社会的地位を支えている妻との婚姻関係を自ら手放すことはしない。妻に姦通罪で訴えられた時でさえ、ジョンドはヨンイの目の前で妻にすがりつき、「愛しているのはお前だけだ」と叫んで止まない。非婚を信条とするヨンイも、さすがにジョンドの態度に愛想を尽かし、別れることを決意する。
しかし、このドラマは、夫の“浮気”によって亀裂が生じる家族の危うさを描きつつも、その終着点に代案があるわけではない。相変わらず既存の家父長的家族の枠組みは維持されたままである。スニをないがしろにしたソンムンは、妻の元に戻って自分の行いを徹底的に悔い改める。愛人と別れたヨンイの方も、非婚を貫くのではなく、新たに出会った男性と婚約する。また、ソンムンの亡父の妾だったミス・ポンと正妻は、結局は一緒に暮らして“拡大家族”となる。このドラマが高い人気を得たのは、恐らく韓国の主婦たちが、ソンムンのような夫に苦労しつつも、家庭を守ろうと努力している現実を反映しているのだろう。
ちなみに、作家ムン・ヨンナムは、登場人物に特異な名前をつけることで知られており、このドラマでもそれが充分に発揮されている。例えば、主人公メン・スニは“のろま”で、ダサい印象を与える名前であり、夫のパン・ソンムンは“反省文”、夫の妹パン・ソンヘは、“反省しろ”、妹の夫チョン・ウォンマンは“千ウォンだけ”、ヨンイの愛人イ・ジョンドは“この程度”などと、キャラクターの特徴を揶揄する意味を巧みに込めている。
崔真実の死
ところで、このドラマを紹介するにあたっては、どうしても主人公を演じたチェ・ジンシルについて語らずにはおられない。少し大げさに言えば、私はこのドラマに彼女の魂が込められていると思えるのである。それは、彼女の境遇が単にドラマのメン・スニと似ているとか、その渾身の演技が、日常の彼女の現実の姿を見ているようだと強調するつもりはない。チェ・ジンシルがもうこの世に存在しないという悲劇的な現実と、ドラマの中のメン・スニの死が重なり、どうしても切り離して考えられないのだ。
周知のようにチェ・ジンシルは、1988年に化粧品のコマーシャルのモデルとして芸能界にデビューし、1992年に放映されたドラマ「嫉妬」(写真左)で一躍人気俳優の仲間入りをする。そして、トップスターとして絶頂期にあった2000年に、韓国野球界のスターで、当時、日本の読売ジャイアンツの投手として活躍していたチョ・ソンミン(趙成珉1973~、現、韓国プロ野球球団の二軍コーチ)と結婚した。しかし、この夫がパン・ソンムンに輪をかけたような男で、結婚後二年も経たずに他に女性を作って、一方的に離婚を要求してきたのである。チェ・ジンシルは当初、メン・スニと同様に、離婚だけはしたくないと主張した。ところが、チョ・ソンミンは、離婚に同意しないチェ・ジンシルに、何度もひどい肉体的暴力を加えた。2004年8月に起こった暴力沙汰で、チェ・ジンシルは病院に入院する事態となり、チョ・ソンミンも警察に逮捕された。
チェ・ジンシルが二人目の子どもを妊娠していた頃から約二年に及んだ争いの末、二人の離婚が成立した。マスコミや世論は、夫の横暴を批判するよりも、あたかもチェ・ジンシルに問題があるかのように書きたてた。また、2004年の暴行事件に関しても、チェ・ジンシルが、事件の真相を知らせるために記録写真を公開したところ、彼女と広告のモデル契約を結んでいた建設会社が、破廉恥にも自社のイメージに傷がついたといって、莫大な額の損害賠償を要求した。こうしたことからチェ・ジンシルはトップスターの座からあっという間に引きずり下ろされてしまう。
こうした逆境の中で、チェ・ジンシルはこの「バラ色の人生」に出演し、見事にドラマの世界に復帰を成し遂げた。だが、夫から離婚を要求された頃から、チェ・ジンシルはうつ病を患い始め、それはなかなか治らなかった。夫との悪夢のような離婚騒動を再現するかのようなこのドラマへの出演も、彼女の心の病にどう作用したか疑問である。2008年の春、ドラマ「ラストスキャンダル」に出演し、幾分彼女らしい明るさを取り戻したかに見えた。また、離婚の際、二人の子どもたちの親権と養育権を確保したチェ・ジンシルは、2008年1月にスタートした新しい家族登録法の下で、子どもたちの姓を自分の姓に変更する申請を行い話題になった。家庭裁判所で、変更が認められた時のインタビューでは、「自分のようなシングルマザーたちに希望を与えることができた」と、その喜びを率直に語っている。
だが、同年9月、知人(俳優のアン・ジェファン)の自殺と関連して、チェ・ジンシルを貶める悪意のこもった噂がネット上に流れ、彼女を苦しめ始めた。それから間もない10月2日、「死ねば、私の真実を信じてもらえるだろうか」と、知り合いの記者に言い残して、チェ・ジンシルは自ら命を絶った。ドラマの中のメン・スニが、夫や周囲の人々と心の絆を築いて人生を終えたのとは対照的に。チェ・ジンシルは心の病を癒せぬまま、人々の誤解に満ちた視線に苦しみながら死んでいったのである。
去る4月29日、韓国の国会で、俗称”崔真実法”が制定された。これは、親権をもつ親が亡くなった時、自動的にもう一方の親に親権が継承されることを防ぐ法律である。チェ・ジンシルが亡くなった後、親権が自動的に前夫であるチョ・ソンミンに移ることを知った人々が、それに反対し、法改正運動を進めた結果である。この法は、2013年7月1日から実施される。
付言すれば、チェ・ジンシルの弟で俳優のチェ・ジニョンも、姉の死後、うつ病を患い、2010年3月に自殺している。現在、チェ・ジンシルの二人の子どもは、ジンシルの母親が育てている。母親(チョン・オクスク1945~)は、このほど、先立った子どもたちへの思いを綴ったエッセイ集を出版したという。
写真出典:ドラマホームページ(http://www.kbs.co.kr)、http://shindonga.donga.com
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