エッセイ

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さわら日和が待ち遠しい(晩ごはん、なあに? 16) 川口恵子

2012.03.30 Fri

 春が近づくと、魚へんに春と書く「さわら」を漬けたくなります。といっても、最近は冬でも、東京のスーパー内の魚屋さんで切り身を見かけますね。石川産、京都産、長崎産、青森産と、あれこれ違う出身(?)地をみるたび、いったい、どこをどう回ってきたのかしらと、回遊ルートに思いをはせます。

 小さい頃、毎年なぜか春に親戚の集まりがありました。それが、「さわら」にまつわるものだったらしい――と知ったのは、数年前、朝日新聞のある記事を目にした時でした。日本列島を囲む海流と鰆の回遊ルートを大きく図解したその記事によれば、岡山地方では、嫁に行った女たちが、春になると実家に鰆を一本丸ごと贈る風習があったそうなのです。

  私の郷里は、瀬戸内海をはさんで対岸の愛媛。お盆、秋祭り、餅つき、正月といった恒例の年中行事のほかに、なぜ春もまた、同じ時期に、伯(叔)父・伯(叔)母・従兄弟/従妹いとこたちが集まる宴があったのか、それで謎が解けました。市内にお嫁にいった伯(叔)母たちが、夫と子供たちと鰆と共に実家に帰ってきていたというわけです。厳格な祖父がまだ健在だった頃でした。ただ、その頃は大人と子供たちは席が分かれており、子供用の食卓に置かれた刺身にはワサビが添えられていなかったので、私は、当時、口にしていないと思います。

  それからン十年(某コメディアンの口癖みたいですが)、何年か前、父の法事で5月に帰省した折、鰆の刺身を初めて口にしました。一切れ、口にした途端、柔らかい舌触りに驚き、思わず「この魚、なに?」と聞いたところ、目の前に座っていた従兄弟が「さ・わ・ら」と言って、にっこり笑ったのでした。

  従兄弟と言っても、かつて集まっていた従兄弟たちよりはずっと下の世代で、記憶の中ではまだほんの子供だったのですが。その時は、もう秋には地元の太鼓台の指揮をとっていると以前母から聞かされていたのが、ぴったりくるほどの若武者に成長していたのでした。

  以来、「さ・わ・ら」と優しく笑った若い従兄弟の口調とともに、鰆の刺身は、忘れられない味となったのでした。

 というような次第で、東京で、鰆の切り身を見つけた時は、いつも産地を確認し、どこの海で泳いできたのかと思いをはせます。刺身はまたいつか、5月の瀬戸内の海で、と決めています。それで、西京漬け、というわけなのです。以下、マイ適当レシピです。

①     鰆の身を優しくさっと水洗いし、クッキングペーパーではさんで水分をとり、ふり塩をして30分程ねかせる。

 ②     待っている間に、白みそ、みりん、料理酒を適当にあわせておく。鰆の柔らかな身にしっとりみそがからむくらいの量でいいです。

 ③     鰆の身の表面に水滴が見えたら(ここが一番好きです)、準備完了。さわらを②のみそに漬けこみます。1日から2日くらいで味がなじみます。私はふだん愛用のバットに漬けますが、この日は行方不明だったので、ジッパー付袋に漬け込みました。こうするとあまり味噌を使わずにすむようです。でも本当はバットに漬けて、何度か裏返してやりたかったな。

④     焼く前にさっと味噌をおとし、焼き網かグリルで焼きます。私は省エネもかねて網で焼くのが好きですが、よく焦がしてしまいます。今回は、特別にグリルで焼きました。

⑤     仕上げに添えているのは家の南天です。普段はこんなことしてるヒマないので、ちょっとおぼつかないしつらえ!猫たちはご愛嬌。 グリル板の向こうに見えるのは、夫の郷里の伝統工芸で木のひな人形です。

カテゴリー:晩ごはん、なあに?

タグ:くらし・生活 / 家族 / 川口恵子 / 食べる(食事)