エッセイ

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ひとにやさしい・台湾(旅は道草・39) やぎ みね

2013.04.20 Sat

 古希の祝いにと、娘が、なけなしのお金をはたいて台湾への旅に誘ってくれた。2歳8カ月のチビをつれて。私は14年ぶり、娘は5年ぶりの再訪となる。

  4月4日は台湾の児童節(子どもの日)。5日は繰り延べの清明節(家族で祖先を祀る日)。そして土日と続いて4連休。台北は人々でごったがえし、車は渋滞、パイロットが渋滞に巻き込まれて、何便も欠航したとのニュースが流れていた。

  縦横にクロスする地下鉄(MRT)に乗る。チケットは1回乗車券の「トークン」、または何回も乗れるデポジット制「悠遊カード」(イージーカード)を使う。

  地下の雑踏をすり抜けるため孫娘はベビーカーに乗せられ、きょろきょろ楽しそうに眺めていたが、エレベーター探しが、ひと苦労。電動車椅子の人や子連れの人たちの後に続く。地下鉄のアナウンスは大音響、乗客のおしゃべりもいとまがない。でも、若い人たちは子どもとお年寄りに実にやさしい。私はすぐに席を譲られ、ちょっとした階段はベビーカーに必ず手を添えてくれる。

台北市動物園のパンダ

台北市動物園のパンダ

 台北駅から東南方向の市立動物園へ。子どもの日。子どもと付き添いの大人1人は無料。「65歳以上は無料」と、私も60元を払い戻してくれた。大勢の親子づれが続々とやってくる。この動物園には檻がない。パンダもトラも象もカバも鳥も、みんな亜熱帯の森の中で、のびのび生息している。ゆったりと歩く動物たちを遠目に眺めるのも、また楽しい。

  休憩所でアイスクリームを食べていたら、隣に小学生の女の子がやってきた。孫が水たまりでビチャビチャするのを娘が叱ると、女の子が「なんていって叱られてるの?」。「水たまりで遊ぶと濡れるから『ダメよ』と怒ったの」と娘が答えると、「あんたはもっといたずらをして、いつもピシャピシャ叩かれてるでしょ」と、女の子の母親が笑いながらウィンクする。とまあ、簡単な中国語のやりとり。

 さまざまな神様を祀る台北随一の古刹・龍山寺。清明節で大勢の人々がお参りに来ている。経典を手に読経する僧侶や尼僧。日がな1日、公園で過ごすお年寄り。地下道のオープンスペースは大音響のカラオケが響きわたる。老若男女があふれる、賑やかな下町風景だ。

龍山寺

龍山寺

 お楽しみはなんといっても「鼎泰豊」(ディンタイフォン)の小籠包。いつも行列がたえない店。カニやヘチマやエビ、タロイモ入りのジューシーな味は格別。それにしても台湾の食事風景は、なんとまあ、かしましいことか。談論風発なんてもんじゃない。その騒音をものともせず、おなかいっぱいになった孫はスースーと寝入ってしまった。

 本格的な台湾料理を食べたくて「欣葉餐庁」(シンイエツァンティン)に向かう。隣席は父子家庭の親子だろうか。小学生の兄と幼稚園前の弟をつれて、子どもの日のお祝いなのか。兄が黙々と食べる傍らで、弟は一時もじっとしていない。「弟、弟(中国語ではこう呼ぶらしい)。ちゃんと座って食べなさい。野菜もしっかり食べて。もう一口、アーンして」と父親は終始、弟にかかりきり。兄は満腹したのか、とうとうこっくりこっくり眠り始めた。どこの国も同じ親子の風景に、娘と二人、思わず笑い転げてしまった。

 シノワズリの雑貨小物の店を見つけて歩く。中山・迪化街や永康街、麗水街で、台湾にしかない茶器や小物、文房具をお土産に買う。オーガニックの茶藝館「回留」(ホェリョウ)のお茶も楽しんで。昔、訪ねた客家の里のお茶とはまた違う、まろやかな味だった。

 台北車站前のホテル周辺には日本統治下時代の建物が今も残っている。
 亡くなった私の伯母が、まだ小さかった私に話してくれたことがある。伯母の夫は元法務官で少佐だった。ハルピン、奉天を経て、台湾で部隊長として出撃前夜、「離婚を命ずる。お前は日本へ帰れ」。突然いわれた伯母が「なぜですか?」と問うと、「大石内蔵助だ。わけはいえない」と一言告げたきり。その後、作戦は失敗、虜囚となった彼は、かつて軍法会議で敵を裁いた罪を自覚し、台湾の地で獄中、自決したという。まだ小さい私は伯母の話をよくのみ込めなかったが、のちに、戦争がもたらす加害と被害の悲劇の意味を、ようやく理解できるようになったと思う。

 現代台湾の若ものたちは元気だ。ITを駆使し、おしゃれで、いきいきと目が輝いている。子どもやお年寄りにみんな親切だ。足が棒になるほど歩いて、おまけに言うことをきかない子を連れて、少々くたびれたけれど、台湾の人々のやさしさに恵まれて短い旅を満喫することができた。

 行きの飛行機は、初の台湾公演に出発する「タカラジェンヌ」星組一行と同乗の華やかなスタート。帰りの便は「爆弾低気圧」に見舞われ、着陸前15分ほど機体は上下左右に大揺れ。まわりがシーンとするなか、孫は一人前に機内食をたいらげ、ブランコに揺られる気分でケラケラ笑い続けていたのが救いだった。ようやく無事、関空到着。「はるか」は運休し、乗り換えた空港バスで着いた京都も「春の嵐」だった。

 「旅は道草」は、毎月20日に掲載の予定です。以前の記事は、こちらからお読みになれます。

カテゴリー:旅は道草

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