2013.06.30 Sun
オレンジのジャンプスーツと私の眼差し
坂上 香(ドキュメンタリー映画監督)
メデア・プロジェクトの女たちは、社会が見ることを拒んだり、見過ごしたり、無視したりしてきた女性たちです。もちろん、見ないままでいることは可能です。しかし、現状を変えるためには、彼女たちを見る必要があるのです。なぜなら、彼女たちは私たちの延長線だからです。
ローデッサ・ジョーンズ(演出家/女優)
現在制作中の映画「トークバック 女たちのシアター」は、サンフランシスコの女性短期刑務所で生まれたマージナルな女たちの劇団「メデア・プロジェクト:囚われた女たちの劇場(The Medea Project: Theater for Incarcerated Women) 」についてです。2006年夏、私はこの劇団に「アーチスト・イン・レジデンス」という肩書きで関わり、秋に予定されていた舞台の一部になるという映像記録を担当することになりました。そして11月には完成した作品を実際に観劇するためにサンフランシスコを再訪しました。今回はその時につけていたフィールドノーツを参考に、映画企画に踏み出す前の助走段階を綴ります。
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2006年11月3日、メデア・プロジェクトによるオリジナル作品「コンクリート・ジャングル」の観劇初日。これから3日間、4回に渡って観劇します。上演の場所は、サンフランシスコの中心部のユニオンスクェアから徒歩数分という劇場地区にあります。有名な黒人女性脚本家だったロレイン・ハンズベリーの名前をとった「ロレイン・ハンズベリー劇場」。ここは黒人の作品を中心に扱う由緒ある劇場で、千秋楽までの2週間、300余りの席はすでに売り切れ。人気の高さがわかります。
ここに、サンフランシスコ女性短期刑務所から、10数名の女性受刑者たちが刑務官に付き添われてやってくるのです。蛍光色のどぎついオレンジのジャンプスーツに身を包み、手錠をかけられた状態で。しかも2週間の上映期間中、毎日です。服役中の受刑者が塀の外の、しかも由緒ある劇場で上演なんて日本では到底考えられないですが、ここでは1990年から2、3年おきに行われているのです。
この日、事前のリハーサルから見せてもらう約束で劇場を早めに訪れた私は、たまたま彼女たちの到着(というより連行)の様子を目にしました。劇場前の道路をはさんだ、向かい側の路上にちょうどさしかかった頃でした。受刑者の女性たちを載せたバンが劇場の前につき、複数の看守に囲まれて10名余りの女性たちが降りてきたのです。即座に、顔見知りの彼女たちに声をかけようと道路を渡りかけたのですが、声をかけるどころか、私はそのままフリーズしてしまいました。
彼女らは顔を伏せたり、肩で顔を隠すようなしぐさをし、腕の手錠をなんとかして隠そうとして身体をよじっていたのです。通行人は物珍しそうにのぞきこんだり、ちょっとだ円を描くように距離をとって歩いたりしています。看守もそんな状況に特に気をとめることなく受刑者たちを先導していきます。「見られたくない」というオーラがを漂わせている彼女たちを前に、私は見てはいけないものを見てしまったような気まずさを感じ、目のやり場に困りました。
由緒ある劇場で観劇するという浮かれた気持ちの私は、不意に現実という平手打ちをくらったような衝撃を受けました。そして、これから上演される華やかであろう舞台の裏には、彼女たちのこんな屈辱が存在していることを忘れてはならないと自分に言い聞かせたのです。
彼女たちの作品はオリジナルで「コンクリート・ジャングル」と題されていました。ナイジェリアの小説家Amos Tutuolaによる“My Life in the Bush of Ghosts”(エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』に収録)をモチーフにしており、悪霊が棲むジャングルから逃げ延びようと必死でもがく少女たちの話です。オレンジのジャンプスーツ姿で列をなす受刑者たちの姿は、まさにコンクリート製のジャングル(=サンフランシスコ)で生き延びようともがく女たちの姿そのものに見え、胸が詰まりました。
観客たちは、演者が受刑者であることはもちろん知っているのだろうけれど、何を求めて30ドルの観劇料を払い、メデアを眼差すのでしょうか。かくいう私は、4回の上演を見るためだけに日本からわざわざ足を運んでいます。私は何を見ようとしているのでしょう?
物珍しさ?哀れな存在?罪深き女たちの姿?女たちの懺悔?自分の業績?単なる娯楽や覗き見?それとも…..
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その2〜3ヶ月前、私は女性短期刑務所で行われていたワークショップに参加していました。週に4日間、夕方の4時過ぎに集合して8時半頃終了。金属探知期をくぐりぬけ、書類と機材と顔をつきあわせてワークが実際に始まるのは6時前後。担当者が変わるたびに必要な書類が足りない、聞いていないともめます。そうしてなんとかホールまでたどりついても、受刑者らが到着するまでに1時間以上かかることもあります。結局30分程度近況報告をして終わりなんてこともありました。
しかし、日本の刑務所に慣れている私にとっては天国です。テレビ局以外の撮影が許可されることだけでもあり得ないこと!しかも一度当局と受刑者とメデアの三者で合意書を交わせば、テープの中身はチェックされることなく、映像も自由に使えます。ちなみに私は日本国内のある刑務所と映画企画の交渉を始めてからそろそろ5年目に突入しますが、未だに許可されていません。おまけに、日本では「刑務所で見聞きしたことは他言しません」という合意書にサインさせられることもあるぐらい情報操作が徹底しています。受刑者とアーチストが一緒に輪になって自由に話しあうなんて、当時の日本では考えも及ばなかったことです。
一方、サンフランシスコでは当時私のような外国人や地元のアーチストらがアーチスト・イン・レジデンスとして登録され刑務所に出入りできました。受刑者とは自由に会話し、時には一緒になってエクササイズをしたり踊ったりもしました。ですから、待ち時間の長さに苛立つメデアのスタッフの横で、私はいつも「日本と比べたらパラダイスよ!」と涼しい顔をしていたと思います。
メデアの作品は全てオリジナルです。自叙伝的演劇で、参加者(受刑者)自らが書いた実体験を、一つの劇に編み込んでいくのです。毎回のワークショップでは自らの体験や感情を語り、詩作し、絵を描き、踊り、歌い、身体を使ったエクササイズやヨガやゲームをします。詳しくはこれからの連載で少しずつ紹介していくつもりですが、何よりも、彼女たちの活動が非常にラディカルであることに驚かされました。
私がワークに加わって間もないある日、衝撃的な出来事がありました。大抵の場合、セキュリティ上の理由から看守の監視がついていたのですが、ある男性看守がプログラムの途中に口をはさんだのです。その時、メデアの創設者であり演出家でもあるローデッサ・ジョーンズは、きっぱりと自分達のスタンスを示しました。
それは、イスラエル軍によるレバノンへの度重なる爆撃の最中のことでした。ローデッサは、イスラエル側に立つブッシュ政権を批判する内容の新聞記事のコピーを参加者に配りました。そして、爆撃の被害者の大半が一般市民で、その半数が子どもであることを指摘し、レバノン侵攻が人権侵害にあたること、その行為に米国も加担していることなどについて熱弁を振るっていました。
その様子を一段高い所から見渡していた看守が、突然、配られた記事をかざして大声を張り上げたのです。
「記事の内容が政治的に偏っている。ここで許可されているのは教育としての演劇であって政治ではない!」
一瞬、場は凍り付きました。しかし、すかさずローデッサが返したのです。声のトーンを下げ、落ち着いた面持ちで、上から見下ろす看守をしっかりと見据えて。
「私たちは、メデア・プロジェクトなの。政治も教育の一部。政治、教育、演劇は一つのパッケージなの。今までもそうだったし、これからもそう。」
そして、受刑者たちに向かって「続けるわ」と何事もなかったかのように告げ、文字通り政治的な議論を続けたのです。それ以降、看守は口をはさむことはなかったけれど、舌打ちをしたり、不満な様子をぷんぷん漂わせていました。しかし、メデアの面子はおかまいなしです。看守からの介入にひるむことなく、自主規制することもなく、凛とした態度で臨む彼女たちの姿勢に私はひたすら感動しました。
この日、看守が離れ、エレベータ―に入るや否やスタッフたちは「介入してくるなんて信じられない!」「私たちを誰だと思ってんの!」と大騒ぎ。ローデッサに話しかけると、看守の監視自体この年まではなかったことで、今日のようなあからさまな介入は初めてだったと洩らしました。そして、年々制約が増え、活動がやりにくくなってきていること、最近ではアート系のプログラムが刑務所にも参入してきているので、メデアが刑務所で活動を続ける意義自体を考える必要があるなど、思ったより事態が深刻であることにも気づかされたのでした。
(次回に続く)
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制作費の支援も受け付けております。どうぞよろしくお願いします。
2013年6月27日現在 2,976,500円!
motion gallery(ネットによる寄付)は2週間を切りました。
寄付は500円から。高額寄付者には特典多数。
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写真のキャプション
2006年8月、サンフランシスコ女性短期刑務所でワークショップを行うメデア・プロジェクトと撮影する著者。
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 坂上香監督の“トークバック”製作ノート
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