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坂上香監督の“トークバック”製作ノート(6)

2013.09.15 Sun

 

ワーク・イン・プログレス

                           坂上 香(ドキュメンタリー映画監督)

 

パーソナルな語りは、最も力を奪われた人さえをも、「私」という主人公にすることができる。なぜなら人は誰でも、自分の人生についての専門家だからだ。

                       ジャン・コーヘン・クルス[1]

トークバック6

現在制作中の映画「トークバック 女たちのシアター」(仮題)は、サンフランシスコの女性短期刑務所で生まれたマージナルな(周縁を生きる)女たちの劇団「メデア・プロジェクト:囚われた女たちの劇場(The Medea Project: Theater for Incarcerated Women) 」についてです。2006年から2013年現在まで8年に渡って取材を続けてきており、秋には完成を予定しています。今回は、ここ数ヶ月サンフランシスコや日本で行ってきたワーク・イン・プログレス試写(制作途中の上映会)について紹介や、見せながら作るという手法について考えていきたいと思います。

 

*****

 2013年8月10日午後7時前、メデア・プロジェクトのメンバーであるカサンドラとメキシコ料理屋から帰ってくると、彼女のアパ―トの前で、同じくメンバーの一人マルレネがちょうど白い小型トラックの助手席から降りてくるところでした。

 運転しているのは黒人の男性。あらかじめボーイフレンドのところから来ると聞いていたので、私は興味津々で身を乗り出して、二人に手を降りながら運転席を覗き込みました。優しそうな年輩の男性。笑みをうかべ、マルレネや私達に手を軽くふり返して走り去る姿を見送りながら、なんだかホッとしました。

 マルレネはHIVの陽性者で、オーストリア出身の白人女性です。5年前に当時つきあっていたボーイフレンドから感染しました。病気の告知を受けた後に彼と別れ、以降、男性となかなかう[2]まくつきあえないとぼやいているのを何度か耳にしていました。また、半年前のインタビューの際には恋愛については話題にも出ていなかったので、嬉しい驚きでした。

 マルレネに、テイクアウトのタコスをすすめると、「もう食べてきたの。彼がとってもおいしいチキンステーキ作ってくれたのよ!彼は料理上手だから、おかげでこの通り」と、以前よりふくよかになったお腹をポンポンと叩いて笑い飛ばしました。

 今回サンフランシスコを訪れた目的は、前回も触れたようにワーク・イン・プログレス試写(制作途中の段階で行う試写、以降WIP)でした。通常、関係者以外の人を対象にする場合の試写は、映画の完成後にプロモーション目的で行われます。

 その一方WIPは、完成する前の段階で様々な人に見てもらい、そこでの議論を映画に反映させていくというやり方です。このWIPを日米で3回ずつほど行っていましたが、被写体に対して行うのは今回が初めて。やはり主人公である彼女達に披露することには緊張します。

 HIVは米国でもまだまだ社会的スティグマが強い病です。彼女達は今では病気の事実を公にしていますが、つい最近まで家族にさえ打ち明けられなかった人もいるため、私達に語ってくれた事実をどこまでどうやって伝えるかについては悩みました。それぞれの事情に配慮しながら編集してきたつもりでしたが、正直、彼女達がどう受け止めるのか、この日まで不安でなりませんでした。

 集まったのは3人で、今までで最もこじんまりとしたWIPです。開始前、なんだか落ち着かず、些細な事で笑いあったり、何度も深呼吸をしている彼女達の様子に触れ、私以上に彼女達が緊張しているのだと気づきました。

 上映中の2時間強の間、彼女たちは身を乗り出し、まさに映像に釘づけでした。大声で笑ったり、「ワァ〜オ」と声を出して驚いたり、深いため息をついたり、クッションを抱きしめて顔を赤らめたり、鼻をすする音と共に何度かティッシュの箱が行き来したり。特に自分が登場するシーンで誰かが何かを言おうものなら、視線を映像に残したまま「シッ!今見てんのよ!」。

 エンドロール部分は関係者のクレジットを載せる部分ですが、まだテキストをのせていなくて未完成だったので途中で消そうとすると「消さないで!全部見たい!」という声が3人からあがりました。舞台の上でひたすら踊る彼女達の姿。3人は私のほうをみて口々に「演劇が完成したことも、映画が完成することも信じられない」、「完成が待ちきれない!」、「ありがとう」の言葉を投げかけてくれました。私自身、ほろっと来た瞬間、マルレネが神妙な顔をし、人差し指をたてて注文があると言います。

 「え〜と、あの私が出ているリハーサルのシーン、二重あごになっているところよ、カットしてちょうだい。でないと、映画の上映許可は与えられないわ。」

 カサンドラが目と口を大きく見開くと、マルレネはすぐさまニッと笑って「ジョーダンよ!」私達は皆、ドッと笑いました。それまでの緊張が一瞬にしてほぐれるように。

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 私が以前身を置いていた日本のテレビ業界では、公開(放映)前のドキュメンタリーを制作者以外の人に見せること、ましてや取材対象者に見せるWIPなどタブーであり、制作者にとっては「自殺行為」と捉えられてきたといっても過言ではありません。

 もちろん、調査報道のように「事実」に争いがあり、「真相」を明らかにすることを目的にしている場合には、非公開の原則は重要です。外圧によって「真実」が歪められてしまう危険性が多いにあり、非公開によって制作者の主体性や編集権を守らざるをえない状況は確かに存在するからです。

 しかし、テレビ業界ではこの原則が過剰なまでに幅を利かせています。テレビに丸10年近く身を置いていた私も、取材対象者に事前に映像を見せることは、どんな場合にも「してはならないこと」と叩き込まれてきていました。それがたとえ事実の確認だとしても、です。

 この傾向は活字の世界とは異なるようで、その差に衝撃を受けたこともあります。いつだったか、私自身が新聞のインタビューを受けた際、「原稿のチェックをしてほしい。間違いがあれば赤字で訂正してほしい」と記者からゲラがFAXで送られてきたのです。取材対象者に印刷前にゲラを送り、しかも取材対象者に訂正をさせるとは何事かと、驚き、戸惑いました。テレビ業界ではありえない事だったからです。

 転機が訪れたのは10年程前。ニューヨークで独立系の映画を作っている友人からワーク・イン・プログレス試写(以下、WIP試写)に招待されたのです。その場は映画業界の人が圧倒的に多かったのですが、それ以外にも映画のテーマに関わる他分野の人に見てもらい、意見を交わす場を持つことを心がけていると聞かされました。WIP試写では闊達なディスカッションが行われ、それが米国や欧州では決して珍しい手法ではないということを知り、目から鱗でした。

 よく考えてみると、ドキュメンタリーの父といわれるロバート・フラハティは1920年代から取材対象者にラッシュ試写をしていたと読んだことがあるので、決して新しい手法ではないのです。私自身が「事前に見せてはならない」と思い込まされていたことに気づかされたのです。

 その後、国内でも鎌仲ひとみ監督が映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を作りながら、編集途中のバージョンを公開してトークを行ったりと新しい展開をみせ始めました。私は当時の職場だった大学の授業に鎌仲監督を招いて話を直接聞く機会を作りました。そして2010年には山形国際ドキュメンタリー映画祭と大学のジョイント企画として小規模なWIP試写を企画し、私自身も韓国のキム・ドンリョン監督らと一緒に、10分程度の映像を見せて議論することに挑戦したのです。ちなみに、その時のキム監督の映像は「蜘蛛の地」として完成し、今年度の山形国際ドキュメンタリー映画祭でエントリーされています。

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 こうして、映画制作の過程で見せて対話を重ね、作品を作っていくという手法に私自身が少しずつ慣れながら、今回の作品では、「見せる」ことと「フィードバック」というWIPを編集段階で取入れることにしたのです。とりわけ、日本に暮らす、映画の主人公達と近い立場の女性達を対象にしたいと思いました。

 たとえば第一回でも触れた、薬物依存症の女性達のための回復施設「ダルク女性ハウス」は、今回このWIPを通して制作に参加するために、「市民プロデューサー」(一定額以上の寄付をした個人や団体)になってくれました。そして第一回のWIP試写は、彼女達の活動拠点で行うことにしたのです。

 映画は内容そのものだけではなく、見る空間も大事な要素です。水俣の映画を生涯撮り続けた土本典昭監督は、水俣病の未認定患者の暮らす集落や家をひとつひとつ訪れ、巡回上映をしたのですが、今回のWIP試写も、主人公の立場に近いダルクの女性達に、制作の過程に関わってもらうことができたらという気持ちがあったのです。そのためには、彼女達に来てもらうのではなく、こちら側が彼女達の元に訪ねていって試写をするべきだと思ったのです。

 彼女達の多くは、慣れない場へ出かけていき、長時間映画を見ることが苦痛なのです。前作の「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」の完成試写でも、90分の上映時間中、始終出入りしていた人達がいました。映画がつまらなかったのかと思ったら、あまりに内容が近くて苦しくなったという人や、集中力が長く持たず、タバコ休憩が必要だと言うのです。「知らない人が大勢いる劇場に行くのが怖くて未だに見れていない」という人にも出会いました。

 このような理由から、今回は、見る側のニーズに徹底的に合わせようと思ったのです。映画の途中に休憩を2回入れる。休憩毎に、おしゃべりタイムを入れる。お茶やお菓子を置いてなごんだ雰囲気にする。寝そべって見るのもOK。ダルク女性ハウス代表の上岡陽江さんの助言により、第一回目のWIPはこのように、かなりゆるい雰囲気のなかで行われたのです。

 まず、映画が始まって数分とたたないうちに、「坂上さん、あの子何て言ってるんですか?」という声があがりました。そして、幼い女の子が登場するたびにその女性は同じ質問をしてくるのです。幼い子の言葉なので特に翻訳しなかったのですが、彼女にとっては何よりも知りたい事だったようです。休憩時間、その女性は子どもを施設に預けているので、子どもの気持ちを知りたかったのだと説明してくれました。彼女のそばで複数の女性がうなずいていました。

 休憩時間を1度ならず2度も入れることには、正直抵抗があったのですが、結果的には、こまめに休憩を入れることのメリットを感じたのでした。話し合いの機会が3回に分散されたわけですが、それぞれが琴線に触れたシーンに触れると、自分語りが始まるのです。まるで自分を見ているようだった。そんなコメントも出てきました。おかげでなかなか上映が進まなかったのですが、これだけ彼女達が話すとは予想外であり、1回の話し合いよりも彼女達にとっては小出しにするほうが話しやすかったのでしょう。映画完成後も、対象者によっては、この分散型のほうがいいかもしれないと感じました。

 また、主人公の一人ソニアがセックスについて語る場面があるのですが、彼女の考え方に対する抵抗が強かったことが印象に残っています。ソニアが描くセックスは理想的で、正統派で、倫理的だったことから、反発が出ることは予想されていました。しかし、一人が口火を切ると、「私も」「私も」と次々に同様の意見が引き出され、最後には「彼女は映画から外したほうがいい」とまで言われてしまい、私は数日間、途方にくれました。

 ただ、この反応が、第二回目のWIP試写で逆転したのです。第二回は、大学という公的で開かれた場を選んだのですが、第一回目とほぼ正反対の反応がたくさん出ました。ソニアがセックスを語るシーンは素晴らしい、ソニアの事をもっと知りたい、彼女を主人公にしたらどうか等、ここまで受け止め方がはっきり違うということには驚かされました。

 つまり、その人の体験や立場や価値観によって、主人公達の見え方が全く異なるということ。考えてみれば当たり前のことなのですが、この映画ではその触れ幅がとても大きいということに気づかされていきました。

 あるWIP試写で、様々な意見や指摘を受ける私を見て、仲間の一人が同情のメールを送ってくれたことがあります。そういえばテレビ時代には、試写毎に傷つき落ち込んでいたと思い出しました。しかし、今回は不思議と苦痛に感じていなかったのです。なぜか。

 それはテレビ時代のように、権力や利益に基づいた試写ではないからです。WIPには、心からいい映画にしたいという思いの人だけが足を運び、映画を見てくれているのです。そして、私やスタッフは当然と思っていたことが、実は初見の人に伝わる表現になっていなかったなどというレベルから、そんな見方があったのかという発見や、自分の人生や体験に置き換えて見てくれた人の言葉から得る感動や励みまで、制作者だけでは決して見えてこないものが見えてくるのです。テレビ時代のように、局の上層部やスポンサーを優先にしたプロデューサーを相手に、意見を採用するかしないかという直接的かつ二者択一的対応ではなく、なぜその人はそのような意見を言うのか、という事に思いを馳せたり、意見や批判に対する反映の方法はいろいろある、と緩やかに捉えることが出来るようになっていったのかもしれません。

 結局、日本国内では今年だけで4回、米国では3回、合計7回のWIPを開催してきました。それを経て気づいたこと。それは、WIPという試み自体が、テレビ時代に植え付けられた呪縛を、私自身からはがしていくプロセスだったということ。それは私1人では成し遂げられません。他者を必要とするプロセスなのです。

              (続く)

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お知らせ

月2回として始めた連載でしたが、勝手ながら、9月以降は月1回、毎月15日発行に変更させていただきます。

おかげさまで映画は10月には完成の予定ですが、完成後のPR活動費がまだ不足しています。お気持ちのあるかたは、引き続き下記のサイトを通してご協力お願いします。9月20日までに1万円以上を振り込んでいただいた方には、映画のエンドロールにお名前を掲載させていただきます。お急ぎを!

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写真のキャプション:

6月にダルク女性ハウスで行ったワーク・イン・プログレス試写。




[1] Cohen-Cruz, Jan. New Jersey: Rutggers University Press. 2005. pg.129.

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