2013.09.30 Mon
お肉が食べられない。正確には赤い肉(red meat)。牛はだめ、羊もだめ、鶏は食べます、魚も食べます、豚はどうも赤か白か微妙なところらしく、食べてだいじょうぶなときもあります、と、たいていこのリストを披露してから、いえ、主義主張ではありません、ダイエットでもありません、身体のぐあいなんです、いえいえ、アレルギーというほど深刻でもないんですが、と続き、子どものころは食べてたんですけどね、食べては気持ち悪くなってた気がします、と、このへんでお料理が届く。
なんでも残さず食べなさいと言われて育ったから、食べられないものが多いことで身が縮む。お取り皿の隅に、ベーコンとかチャーシューとかサラミで小山を築いているのも、恥ずかしい。でも無理して食べるとほんとうに気持ち悪くなってテンションが下がって、ますます申し訳ないことになるのもわかっている。さらに最近は「脂質異常症」というおっそろしい診断をくだされてしまい、つまりコレステロール値が高く、すがりつくように大好きだったチーズやクリームや内臓系も食べられない。あと、青いお魚は子どもの頃から食べられない。
穀物、豆、野菜、果物、脂肪分をのぞいた鶏、青くない魚。だいたいこれで暮らしている。たしかに健康的ではあるんですけどね、でも、つまらないですよ、食べられるもののあるお店をみつけたらそこにばっかり行きますし、家でもつくるものはかぎられてきますし。体力がなくて無理がきかないのも、やっぱり動物性のものが足りないんだとおもうんですよね、と、こんなおもしろくない話を相手に聞かせながら食事をしなければならないのも、もう、うんざり。
和食はいちばんの安全圏だが、うすい味つけで素材の味を楽しむのも、ずっとだと飽きてくる。私の舌には、胃には、そして心にも、刺激が必要だ――とはいえ、具合が悪くなったり血管がつまったりしない程度の。
それで最近は、スパイスを、すがりつくように愛している。我が家の三種の神器はクミン、コリアンダー、ターメリック。加えて、スターアニス、チリ、カルダモン、レッドペパー、キャラウェイ、パプリカ、サフラン、ガラムマサラ、カレーリーフ、クローブ、ナツメグ・・・呪文のように読みあげながらがちゃがちゃととり出す今も、いいにおいが広がる。とにかく、何かつくってみてはそろっと入れてみる。その場で劇的に味が変わることもあれば、時間がたってから深みが増すこともある。おもしろい、すばらしい、おいしい。たとえば先日の食事は写真1のとおり、このなかにスパイスはいくつ使われているでしょう、正解は5種類です(クミン、コリアンダー、ターメリック、マスタード、パプリカ。ローズマリーも入れたら6種類、このへんがややこしい)。写真2は、W-WANのお仲間、山秋真さんが撮ってくださった我が家のガンボ、ここにはいったいどんなスパイスが入っているでしょう、正解はサッサフラスです。さてその味とは。ちょっとはましな話題になる。もうすこし、食べることをあきらめずにがんばれる気がしてくる。
ちなみにスパイスのいとこ(きょうだいだったり本人だったりもする)のハーブも大好きでお世話になっているが、とにかく足がはやくて、旅先の市場で買ったものを何か月もちびちびと使い続ける、とかいうことができないのが残念だ。さらに野菜と限りなく近く、けっきょくは私の短い食べられるものリスト内なのが切ない。その点スパイスたちは便利かつ独特で、お鍋のなかで溶けあいお皿のうえで混ざりあい、しかしそれぞれに際立ってもいて、あ、あの味だとおもった瞬間に、あれ、違った、いやしかしこれは、むむむ、と、なにがなんだかわからない。こういう味、とか、何に似てる、とか、かんたんに形容させないところがいい。おとなしい色味のときでも、口に運ぶと殴られたような衝撃をもたらすところも、かっこいい。ちなみに写真1はまさにそれで、写真2のガンボの複雑な味をうまくいい表すことは私にはできそうにない。(山秋さんはみごとに果たされています、こちらにて。)
そういえば私は社会学者で、女性、とか、日本女性、とか、アイデンティティ、とかいうことをずっと考えてきたのだけれど、まったく同じことを言っていた。今あることばでは語れない、見た目を裏切る、混然とした、わけのわからない、深くて豊かなもののことを、今や食べるときにも考えている。
複雑なものが好きな私は、結局のところ、単純なようだ。だから、今日も魔法の粉を駆使して、まだまだ私は食べられる。
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シリーズ「晩ごはん、なあに?」は、WANの運営ボランティアに集う人々によるリレーエッセイです。 食べることは生きること。 さまざまな人たちがWANの理念に賛同し、実際にサイト運営に関わっていることを、皆さんに知っていただければと思っています。
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