エッセイ

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地図は人とのかかわりにも似て(旅は道草・46)  やぎ みね

2013.11.20 Wed

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 「地図を読む」シリーズ①塩見鮮一郎著『江戸の城と川』を読めば、地図表現における最初の線は、水と地の境界を明らかにするものだったという。

 「地図」の前に「水図」があった。そこに記されている線は、水が土地とぶつかるところに描かれる。しかも水と地の境は常に一定せず、刻々と動いているのだ。

 その境界は時代とともに、政治の変遷とともに刻々と変っていく。それゆえに地図は恣意性をもち、あるときは捏造さえなされてきたことを、塩見は、たとえば霧の中に溶け込もうとする「聖」と「賤」の関係について、何枚もの古地図を繙きつつ、隠された場所を推理し、その実像をあぶり出していく。

 そもそも地図は話し言葉の補助的手段として現れた。相手に遠い土地のことを身振り手振りで伝えようとするが、だんだんじれったくなり、とうとう手元の枝を拾って地面に池を描き、「ここをぐるっと回って、それからあの峠を超えて」と説明する。

 話し言葉とは異なるアイテム・メディアとなった地図は、人々の距離や時差を超えることを可能にし、私と他者との共通のコードをつくる。そして地図という表現を用いて人と人との関係が生まれてくる。

 先日、琵琶湖をドライブして近江八幡で一泊。九州から京都へやってきた90歳の母と3歳の孫娘をつれて総勢5人で。そろそろ色づき始めた紅葉を眺めて湖岸をぐるりと回った。

 孫のゆいは、無事に七五三を迎えた。黄色の地色に赤い鈴の裾模様の四つ身を着付けてもらって。40年前に彼女のママが着たのと同じ。もう亡くなったおじいちゃんが染めてくれたものだ。少しも古びていない。華やかな着物が世代をつないでくれた。

 宿の向こうに広がる海のような湖。はるかに見える沖の島をめがけて、遠く姿が見えなくなるまで走り回る子と、秋の日差しのなか、のんびり曾孫を眺める大ばあばと。

 確かに湖岸は水と地の境界線を示していた。

 川や湖は人と物とが行き交う道だ。「氾濫を繰り返す河原には瓦師もいるし、壺師もいる。放下師が竿のてっぺんで逆立ちしているし、長吏が皮を干してもいよう」。古地図の中のいきいきした光景を、ふっと思い描いてみたくもなる。

 かつて清盛は水軍を使い、厳島神社から瀬戸内海、淀川を通って琵琶湖に入り、日本海に抜ける運河をつくる野望を抱いたという。

 湖を自在に行き来する「海民」の姿を描いた網野善彦の説を訪ねて、琵琶湖西岸にそって、どこまでも歩いてみたことを思い出す。

 しかし近代地図の成立は、流動的な水と地の境界を、見る人に固定した。そこからの「逸脱」を、人は「氾濫」と呼んだ。表現が流布して規範となると、たちまちにして表現は「特権化」してしまうのだと、塩見はいう。

 海外旅行に出かける前は、いつも『地球の歩き方』の地図を読む。しっかり予習して場所を確認したい私と、あてどなく行き当たりばったり歩きたいツレとは、外国の見知らぬ街角でよく喧嘩をした。「どうしてもここへ行きたいの」「そんなに無理して行かんでもええやん」と。

 なかなか目的地が見つからず、ぐるぐる道に迷ったときは「私は今、どこにいるのか」を確認するのが一番。見知らぬ人に地図を見せて道を問えば、いつも快く教えてくれる。言葉はいらない。

 ドライブのナビが、私は、どうも苦手。地理が記憶に残らないのだ。ましてやGPSでいつも居場所を監視されるなんてとんでもないから、ケータイはGPS機能を設定しない。
 ちょっと時間はかかるけど、地図を見ながら鉄道やバスに乗り、自分の足で歩くのが、やっぱり旅の基本だ。

 水と地の境界線が流動的であるように、人と人との境界もまた揺れ動いている。

 女と男の関係は、いつも同じ方向を向いていたいなんて思うのは大間違い。寄せては返す波打ち際のように、私と他者は互いに「差異化」と「原距離」を保ちつつ、だが、あるかなきかの、ある一瞬、「共にあるときもあるかも」と思えばいい。親と子もまた同じ。母子一体化で葛藤するなんて、しんどいよ。愛着関係を保ちつつ、あっという間にやってくる子どもの自立を待てばいい。

 また地図を片手に、ふらっと旅に出たいなあ。旅に出れば、人は否応なく異質な人や多様な人たちと出会う。それこそが旅の醍醐味なのだ。

 流動する「水図」の境界のように、私もまた「異なる人々」との境界を、ひょいと軽く超えていけたらいいなと思う。

 「旅は道草」は毎月20日に掲載の予定です。これまでの記事は、こちらからお読みになれます。








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