2014.02.10 Mon
日本ではバレンタインディ商戦のまっさかり。聞くところによると、女性がチョコレートを購入する際、最もお金をかけるのは「本命チョコ」でも「義理チョコ」でもなく、自分への「ご褒美チョコ」だという。
「ご褒美チョコ」という響きからは、日頃から、がんばって生きている女性たちの姿が浮かぶ。この日ばかりは、普段は手が届かない高級チョコレートを買って、堂々と贅沢をし、自分を褒めてあげたい・・・という女性たちの切実な声が聞こえるようだ。
日々、財布の中身を考えて節約し、あるいは家計を切り盛りして努力している女性にとっては、バレンタインディが自分を評価してねぎらう日にもなっているのだろう。
スペインでは、日本とはかなり事情が違う。バレンタインディには、チョコレートではなく、男女どちらからも互いに美しい花を贈りあう。相手の好みの花を選び、素敵なリボンでラッピングし、メッセージなどを添えて感謝の気持ちや愛を伝えるのだ。
そもそも、スペインはチョコレートと深い関りがある。チョコレートをヨーロッパ中に拡めるキッカケをつくったからだ。16世紀のこと、スペイン人がメキシコからカカオを持ち帰り、カルロス1世に献上したのがはじまりだといわれている。カカオにたっぷりと砂糖を加えた高級な飲み物として、貴族や豪商などの富裕層に親しまれたらしい。
当時から人々はその美味しさだけではなく、チョコレートが疲労回復に効果があることを実感していたのだろう。
日本人にもチョコレート好きが多いことは確かだが、スペインでは日常的な食べ物として根付いている。一般的に夕食の時間が午後10時頃と遅いだけに、しっかりと朝食をとる習慣はなく、朝食は軽くすませる。自宅では何も食べず、職場近くのBARに立ち寄って食べる人も多い。
そこでよく飲まれているのは、ホットチョコレートだ。日本で飲まれているものとは違い、マヨネーズのようにドロっとしていて、飲み物というよりスプーンで食べる暖かいチョコレートという感じだ。これに「チュロス」と呼ばれるお菓子を浸して頬張る。「チュロス」は小麦粉に塩を加えて、油で揚げただけのものだが、これがホットチョコレートと実によく合うのだ。
コーヒーを飲む人は、たっぷりとチョコレートがかかったクロワッサンなど、甘いパンを注文する。いずれにしても「一日の元気の源はチョコレート!」といってもいいくらいの扱われ方である。
私の友人のひとり、カタルーニャ人の娘(小学生)は、学校に行く前に必ず、チョコレートを食べてから出かける。ビスケットも少し食べることもあるが、野菜らしきものはほとんど口にしない。日本人の目から見れば、おやつがそのまま朝食になっているように思えるが、おおかたの子どもたちは、だいたいこんな朝食だけで学校に出かける。
学校から帰ってくると、おやつもチョコレートでコーティングしたクッキーが定番。この子に限らす、スペインの子どもたちの食生活は、幼いころからチョコレート抜きでは考えられないだろう。
「いつも家に、美味しいワインとチョコレートがないと、夫の機嫌が悪いのよね~」
そう語るのは、カタルーニャ人男性と結婚した、友人の日本人女性だ。もちろん、その家庭によって、嗜好品は様々だと思うが、彼女の夫の言葉にもよく現れているように、大人の男性にとっても、チョコレートは欠かせない日常の食べ物なのだ。
そのことに気づいてから、私は知人や友人の家での食事に招待されたとき、手土産はワインかチョコレートに決めている。普段、その家庭で買っているものより、ワンランク上のものを持っていくと、とても喜ばれる。
食事の後に、甘いデザートが欠かせないスペインでは、チョコレートはいくらあっても邪魔になることはないのだ。
彼らは、私が日本で買った、甘みを抑えたチョコレートも「美味しい」とはいってくれるが、やはり少し物足りなさそうである。面白いのは、日本人が好む「あんこ=小豆」が入った和菓子類を食べたときの表情だ。
正直な感想をたずねてみると、「味がよくわからない」と、申し訳なさそうにいう。たっぷりと砂糖が入ったスペイン製の濃厚なチョコレートに慣れた彼らにとって、「ほのかな甘み」の和菓子はどうしても手応えが乏しいらしい。
ひとくちに和菓子といっても、店ごとの特徴やこだわりがあるように、スペイン製のチョコレートもバリエーションが豊富だ。アーモンドや胡桃などのナッツ類はもちろんのこと、どんぐりの実や、オレンジペーストが入ったチョコレートもある。
私の好きな光景のひとつが、ホットチョコレートの専店で、老夫婦が舌鼓を打ちながら、いつもの「チュロス」を浸して、仲良く食べている姿だ。
バルセロナの旧市内には、100年以上の歴史を持つ有名店がいくつかある。チョコレートに対して舌が肥えた彼らにとって、近所のBARとは比べ物にならない、ココアの質にこだわった専門店は、わざわざ出かけていく価値のある場所なのだ。
「1日に5回食事をする」といわれているスペインだけに、太鼓腹を突き出した老紳士が多く、小さなテーブルを挟んで座る姿はいかにも窮屈そうだ。しかし、大好きなホットチョコレートに頬をゆるませながら、おそらく長年連れ添ってきたと思われる同年代の妻と向き合い、話し込んでいる姿は、どこか可愛らしくさえある。
話の内容が、例えたわいもない噂話だったとしても、この老紳士には彼女に話したいことがあり、これまでもこうやって会話を重ねてきたのだろう。
高品質のホットチョコレートほど、カカオのほろ苦さと香りのバランスが取れているが、彼らの「今、この人生」もまた、苦楽を重ねた末に訪れた味わい深いものなのかもしれない・・・。
シワが深く刻まれたその横顔や仕草を、私はカップ越しに眺めながら、彼らが手にしたであろう「人生のご褒美」を想像したりしている。
何気ない日常生活の一場面に、人の人生を想う時間でもある。
カテゴリー:スペインエッセイ