エッセイ

views

1975

理想の女性上司とは(ドラマの中の働く女たち・9) 中谷文美

2014.05.25 Sun

『ギネ~産婦人科の女たち』
放映:2009年10月~12月、日本テレビ系列
原作:岡井崇(『ノーフォールト』ハヤカワ文庫、2009年)
脚本:大石静、主演:藤原紀香
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/gyne/

 大学病院で働く柊奈智(藤原紀香)は、入局5年目の産科医。人命救助に対する強い使命感を持ち、患者には真摯に接するが、共感を欠いたストレートすぎる発言が問題となることもある。周囲に対しても独善的で頑なな態度を貫き、医局内の評判は芳しくない。入局したばかりの新人医師、玉木聡(上地雄輔)は柊の指導下に入ったものの、口もきいてもらえず、不信感を募らせる。

 どんな状況でも救命を最優先という態度は医師としては当然とも思えるのだが、柊が見せる過剰なまでの執着は、母親が自分を生んだ時に命を落としたことによるものだった。彼女自身は、同じ病院に勤務する夫(長谷川博己)から子育てのために当直のない医局に移れと言われたことに反発し、離婚した。夜間も預かってくれる保育所を利用しながら、5歳になる息子を一人で育て、当直もこなしている。強引なやり方を貫く柊を何かとかばうことになる産科病棟医長の君島紀子(松下由樹)は、柊の心情に理解を示しつつも、チームワークの大切さを説こうとする。

nakatani

 総合周産期母子医療センターでもあるこの病院にはハイリスクを抱える妊婦が多いため、緊急手術が頻発するばかりでなく、各地からの救急搬送が続き、医師たちは不眠不休の激務を強いられている。そんな中、帝王切開による出産後、容態が急変した徳本美和子(西田尚美)が亡くなった。担当医師だった柊は美和子の死に深い衝撃を受け、放心状態から一転、極端な言動を繰り返すようになる。上司の君島や婦人科病棟医長の榎原(中村橋之助)の配慮で婦人科に一時的に異動し、ようやく立ち直りかけた頃、美和子の夫、徳本慎一(八嶋智人)が医療訴訟を起こす。患者のために尽くしても訴えられるのでは割が合わない、情熱だけではやっていけないと職場を去る医師も出る中、残された医師たちはますます疲弊していく…。

 よく「お産は病気ではない」と言うが、実際には分娩にリスクはつきものである。このドラマでも、生命の誕生という神々しいまでの瞬間と、不測の痛ましい死が隣り合わせの状況にある日常が描かれている。さらに、大学病院を舞台とする医療ドラマでは権謀術数が渦巻く世界という側面が強調されることが多いが、このドラマは「職場」としての産婦人科の現状に注目しているように見える。

 ストーリーの一つの核となった母体死亡をめぐる裁判を軸に、医師たちの過酷な勤務状況を生み出す医療制度の問題にも光を当てた原作では、主人公の柊奈智を除けば、同じ医局にいるほとんどの医師が男性である。だがサブタイトルを「産婦人科の女たち」としたドラマの方では、主要登場人物の多くが女性に置き替わっている。

 助産師はほとんどが女性でも、産婦人科医師は男性が多いという印象を持っていた私は、この設定変更をドラマ上の脚色だと考えていたが、実のところ、女性の数はかなりの勢いで増えているらしい。2008年時点で50代以上の産婦人科医に占める女性の割合は10%前後にすぎないが、30代前半で6割弱、20代後半では7割強となっており、小児科医の女性比率よりも高い(平成22年度版男女共同参画白書)。当直が多く、長時間労働を強いられる職場環境において、女性医師が勤務と家庭生活を両立する際に多くの困難に直面することは想像に難くない。逆に、当直を十分にこなせない女性が増えることが他の人員の過剰な負担につながりかねない事態を敬遠して、男性医師の産婦人科志望が減る傾向にあるとも聞く。

 ドラマでの中では、最後に教授となる君島をはじめ、柊も同期の桧口涼子(板谷由夏)も、若手医師に対して上司あるいは指導者の立場となる。そういう視点から見ると、「一人の医者の情熱に頼るのではなく、チームワークで支えあう産科医療」をめざすと公言する君島の毅然とした、だが温かみのある態度がとりわけ印象に残る。「そういう感情的な発言はやめなさい」「医者は客観性を失ったら仕事になりません」「自分の価値観を他人に押し付けないで」などと言われ続ける柊のほか、君島には部下たちを叱る場面が多い。だが字面では居丈高に響きかねない言葉でも、演じる松下由樹のセリフ回しは芯に熱があり、まっすぐに届く感じがする。また、医師としての能力は高くても自らの信念だけを頼りに突っ走ってしまう柊や、裁判の原告となる徳本慎一の元同級生という立場で、情に動かされて行動する桧口には、組織全体が見えていないのに対し、君島は自分の理想を実現するために組織の中で上に行くことをめざし(そのスタンスは本エッセイ第2回で取り上げた原島浩美と同じ)、病院長の意向を受け入れながらも実を取ろうとするしたたかさを持つ。

「理想の女性上司」を尋ねる新入社員対象のアンケートでは、天海祐希が5年連続トップに選ばれている(http://www.sanno.ac.jp/research/pdf/jousi2014.pdf)。ドラマの中で彼女が演じる役柄のイメージは、カッコよく颯爽としており、リーダーシップがあるというものだろう。上司にリーダーシップが求められるのはわかるが、私個人は、部下をぐいぐい引っ張っていくタイプのリーダーが理想だとは思っていない。むしろ、柊の指導役となった榎原が彼女に欠けていると指摘した「客観性」、つまり自分を客観的にとらえ、思い上がった感覚におぼれない姿勢こそが、リーダーに必要な資質のように思える。その意味で、組織全体を見渡しながら一人ひとりのスタッフときちんと向き合い、必要な時に必要な言葉をかける君島の姿が、上司として魅力的に映る。

 だが、それは「女性ならでは」というわけでもないし、理想の上司にもいろいろなタイプがあっていい。こういうことが言えるのも、女性上司のサンプル数が増えればこそである。逆に女性が多い職場で、女性上司との付き合いが難しいとか意地悪をされたという話が巷に出回ることがあるが、それは単純に、上司としての資質に欠ける人が男性にも女性にも一定数いるという証左ではないかと思う。つまり、女性が上司に向かないわけでも、女性だからいい上司になれるというわけでもないということだ。

 理想化されているとはいえ、このドラマに描かれる職場としての医局の興味深いところは、上に立つ人たちが互いを認め合い、支え合う空気を作っている点にある。たとえば、自分とは違うやり方で柊の頑なな態度を解きほぐす努力をして見せた榎原に君島は敬意を払い、榎原は教授昇進をためらう君島を、自分が准教授として支えるからと励ます。そもそも男性教授にしてからが、新妻の闘病生活に寄り添いたいという理由で早期退職してしまうのである。人間関係のもつれや反目はあっても、沽券にこだわったり、妙な足の引っ張り合いをしたりする人物がほとんど出てこないのが、このドラマの特徴とも言えるだろう。

 最終盤で君島は、「これからのギネも、ワークライフバランスを考えるべきでしょう」と言い、24時間体制の託児所の設置を病院に求める一方で、シングルマザーの柊には、モデルケースになってほしいと呼びかけた。実際には、ワークライフバランスの実現には「働き方」の調整が不可欠であり、24時間いつでも子どもを預けて安心して長時間働けるというのは決して望ましい姿ではない。しかし、医療現場に限らず、働き方の改革に手をつけることが最も難しいのかもしれない。まして「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」なんていう理解しがたいネーミングが政府の会議に採用されてしまうこの国では、女性が(男性もだが)普通に家庭生活を送りながら上司の立場になっていく未来が、さらに遠のいた気がする。

 「ドラマの中の働く女たち」は毎月25日に掲載の予定です。これまでの記事は、こちらからどうぞ。

カテゴリー:ドラマの中の働く女たち

タグ:リプロ・ヘルス / ドラマ / 生殖技術 / 出産 / 代理出産 / 中絶 / 女の健康 / 妊娠 / 避妊 / 中谷文美 / 遺伝子診断 / 優生保護法 / 母体保護法