2015.03.23 Mon
私たち人間は、絶えず歴史に翻弄されてきた。一枚の葉っぱのごとく簡単に踏みにじられた時代から「一人の命は地球より重い」と言われる現代にいたるまでも。
「イスラム国」の人間観などいったい何であろう。イスラム教という宗教が基盤であることなど信じられない。そしてこのような歴史を構築してきた(いる)のも、また私たち人間なのである。
本映画は、歴史に翻弄された、現存したジプシー女性(パプーシャ1910-1987)の話である。
彼女はポーランドにおける社会体制の終焉をまじかにした1987年にひっそりとその生涯を閉じたが、現在なお多くの謎が残されたままのようである。
パプーシャ(ジプシーの言葉で人形という意味)は書き文字を持たないジプシーの一族に生まれながら、幼いころから言葉や文字に惹かれ、
詩を作ってきた。彼女がなぜ禁じられた事項に興味を持ったのかその理由は描かれていないが、その必要もないだろう。
マララさん持ち出すまでもなく、誰の中にも「学びたい」意欲があるという事実を知ることは興味深い。
映画はポーランドの深い森をジプシーのカンパニアが放浪するなかに、ジプシー音楽とパプーシャの詩が重なる。
たとえば、「いつだって飢えて いつだって貧しくて/旅する道は 悲しみに満ちている/ とがった石ころが はだしの足を刺す/弾が飛び交い 耳元を銃声がかすめる/すべてのジブシーよ 私のもとへおいで/走っておいで 大きな焚火が輝く森へ/すべてのものに 陽の光が降り注ぐ森へ/そして私の歌を歌おう/あらゆる場所から ジプシーが集まってくる/私の言葉を聴き 私の言葉にこたえるために」
また「緑の草は風にそよぎ 樫の若木は老木におじぎをする」「父なる森よ 大いなる森よ/私を憐み 子宮を塞いでください」パプーシャの詩には自然と共に生きる、ジプシーの誇りと、はかない希望がほの見える。詩には、結婚を拒む彼女の想いが滲むが、15才のとき強制的に結婚させられる。
いささかでも物事を考えたい女性にとっての、ジプシー男社会の蛮勇さも描かれている。
1940年代後半反体制活動のために隠れるようにジプシーの流浪生活を共にした青年、イェジの逮捕状が取り下げられる。
彼はパプーシャの詩に驚き、ポーランド語に翻訳して出版を試み後に詩が公刊される。
結果、彼女はジプシー詩人として大きな注目を集めることになった。
これがのちにパプーシャの人生を波乱のなかに投げ入れることになる。
やがてジプシーたちは定住し、ポーランドも民主化されていくが、旅から旅への生活に民族的なアイデンティティを持つ彼らを待っていたのは、定住強制。旅もできず、音楽の演奏許可も得られない生活に苛立つ彼ら。
激動の現代ポーランドにおいて、ジプシーの貧困と被差別には何の変化もない。
パプーシャは詩の刊行によって民族の「秘密」(それが何かは説明なし)を破ったとして、仲間から粛清され、錯乱した(?)結果精神病院をへての一生だった。夫の葬式に来たイェジの問い「まだ詩は生まれているかい?」に彼女は「詩を書いたことなど一度もない」と答える。
映画はモノクロ、話される言語は、当時のロマニ語の音だそうで、演者たちは1年をかけて練習したという。旅から旅へのカンパニア幌馬車の過酷な旅、ポーランドの森、合間で奏でるジプシー音楽の哀切さ、仲間との語らい。
私たちからはるかに遠いように思われる彼らの存在。
昨今遺棄されがちの暗く重い映画である。ひるがえって、我が国のTV。ひな壇に並んだタレントたちの、手を打って笑いあうさま。
いったい何がおもしろいのだろう。あえて私はこの暗い重い映画の観賞を、楽しければいいというような現在の日本文化の中でこそお勧めしたい。
マイノリティとは自然発生的に存在するのではなく、マジョリティが彼らを排除し、抑圧することによって生み出されるのだという事実が突きつけられる。ジプシーはナチによっても弾圧されたのである。
非常に見ごたえのある、重いこの映画の訴えるところをぜひ聞き取っていただきたい。
最後にジプシーという言葉。これは差別用語として一時期使用が躊躇されたが、研究者によれば「ロマ」を総称的自称としては受け入れていない集団が多いそうである。
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タイトル:パプーシャの黒い瞳
主演女優:ヨヴィタ・ブドニク(パプーシャ)
主演男優:ズビグニエフ・ヴァレリシ(ディオニズィ)
:アントニ・パヴリッキ(イェジ)
監督:クシュトフ・プタク
ポーランド映画、2013年、モノクロ、131分、
本年4月4日より、東京神田神保町 岩波ホールにて。全国順次ロードショウ
コピーライト表記 (c) ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013
配給 ムヴィオラ
カテゴリー:新作映画評・エッセイ
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