2015.05.25 Mon
著者/訳者:ギリアン フリン
出版社:小学館( 2013-06-06 )
定価:¥ 812
Amazon価格:¥ 812
ペーパーバック ( ページ )
ISBN-10 : 4094087923
ISBN-13 : 9784094087925
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サイコ・スリラー仕立てのミステリーは苦手だが、Gone Girlという原題の不思議な響きに魅かれて見た。ところが、これがなんともフェミニスト批評のツボをいじいじついてくる、刺激的作品だった。正直、見ている最中は、米映画伝統の〈女嫌いの映画〉の類、と思える場面が頻出する。が、後述するように、夫の目から見た物語―his story―を妻の側から語り直した物語―her story―に仕立てるあたり、フェミニストの王道をいくともいえる。とはいえ、どうにも、女嫌いの視線が混じっているのが気持ち悪い。要するに、これはポストフェミニズム時代の産物なのだろうか・・・などとひどく悩まされるテイストの作品なのだ。米雑誌『タイム』が「フェミニストか女嫌いか」というヘッドラインの記事を掲載したのもむりはない。英紙『ガーディアン』にいたっては、観客の女嫌いを助長するのではないかと懸念までしている。さて、日本ではどのように受け止められるだろうか?
映画的に注目してほしいのは、話法の斬新さ。〈現在〉と〈過去〉が交錯する中、視点人物となる語り手が次々入れ替わり、虚実が曖昧になってゆくのだ。TVやソーシャル・メディアの作り出す虚像の問題も提示する。2時間29分の長尺だが、内面よりも外面を保つことで生きる現代人の姿をブラック・ユーモア交じりのシニカルな視線で描くデヴィッド・フィンチャー監督の社会風刺が効き、最後まで引き込まれる。NYと中西部ミズーリー洲の田舎町の対比はやや図式的だが、アメリカ人の心の故郷だったはずのミシシッピー河周辺の風景がうすら寂しくリアル。〈アメリカン・ドリーム〉という幻想すら消えた〈不況後のアメリカ〉像を垣間見せる。
物語は、5回目の結婚記念日に妻エイミーが失踪し、夫に妻殺しの疑惑がかかるところから始まる。加熱するテレビ報道やソーシャル・メディアの威力により瞬く間に窮地に追い込まれる夫ニック・ダンを『アルゴ』(12)で監督・主演・製作を務めたベン・アフレックが好演。大柄で正統派のイケメンゆえにナルシストに見えかねないイメージを逆手にとり、落ちゆくヒーローを演じてはまり役。 妻役を演じるのは『007 ダイ・アナザー・デイ』(02)でボンド・ガールを務めた英国の女優ロザムンド・パイク。キーラ・ナイトレイ主演の『プライドと偏見』で控えめな長女役を演じていたのが印象的だったが、本作では、大胆に変貌。〈聖女〉と〈悪女〉の両面を備えた〈女の怖さ〉を体現する。これもハリウッドお得意の女性表象。
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さて、映画は、女性捜査官が妻の「日記」を発見するあたりから、多次元的に展開してゆく。それまで夫の視点から語られていた物語が、妻の視点から「語り直されて」いくのだ。NYでの幸せな新婚生活が、経済状況の悪化により、一転。夫の故郷・中西部のミズーリー洲に転居してからは、不倫とアルコールに溺れる夫の家庭内暴力も加速していった・・・という妻側のストーリーが観客の前に提示されてゆくのだ。
家庭という閉ざされた空間内で生じる夫と妻の不協和音をスリラー仕立てにしたヒッチコックの古典『レベッカ』(40)の趣もあれば、一夜の情事の相手の女が男を襲うサイコパスに変貌する『危険な情事』(87)、情事の最中に相手をアイスピックで突き刺す『氷の微笑』(92)といったかつてのエロティック・サスペンスの要素も含む。
フェミニスト的観点からおすすめは、失踪中のエイミーが、ハイウェイを車でぶっとばしつつ暴飲暴食し、男性中心主義的なアメリカ社会に根強い「クール・ガール」神話を痛烈に批判するシークエンスだ。ヒステリックなせりふ回しをさせるあたりに、女嫌い的要素が垣間見えるが、言っていることはまとも!大学英語の授業で使いたいキーワードが続々飛び出す。ジェンダー論としても有効。過激に飲み食いしながら少しずつ太っていくところが笑える。女ともだち二人、男性中心社会から逃走する傑作フェミニスト映画『テルマ&ルイーズ』(91)の疾走場面と比較するのも面白い。
2012年に出版された新進女性作家ギリアン・フリンの三作目の同名小説が原作。彼女自身、脚本を手がけた。彼女は自分をフェミニストと位置づけている。もちろんそうに違いない。処女小説『KIZU―傷』も読んでみたい。どこかに彼女のリアルがあるはずだ。
初出『女性情報』2014年12月号 (転載にあたり、加筆修正しています)
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