2012.04.22 Sun
共同通信に頼まれて、六車由美さんの『驚きの介護民俗学』の書評を書きました。地方紙に掲載されたので、みなさんのお目に触れることが少ないかも、と思い、以下に掲載します。地方紙占有率の高い地域では朝日新聞などの全国紙は読まれておらず、逆に大都市圏では全国紙しか読まれない傾向があります。最近、都内在住の方から、昨年東京新聞にのりかえたので、全国紙の情報が入らなくなった、というお話をお聴きしました。なぜ「のりかえた」かは、このブログの読者のみなさんには、もうおわかりでしょう。
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六車由美著『驚きの介護民俗学』(医学書院、2012年)
失意の民俗学者が介護現場に赴いた。そこで出会う驚きの数々。出会いと発見を通じて、介護する側と介護される側とが共に蘇生していく過程が、短編小説のような味わいで描かれる。ついのめりこんで読まずにはいられない。
高齢者は生きた歴史だ。民俗学者の関心は、歴史のなかでもとりわけ習俗や慣習のように記録に残らない身体化された記憶に向かう。「問題行動」を起こす認知症高齢者のふとした言動に、著者は身体の記憶を感知する。ふと口をついて出る朝鮮半島のコトバ。野良で立ち小便した農婦の記憶。そういうささやかなできごとのひとつひとつに著者は驚く。驚くだけのコード(解読装置)とセンス(感受性)を、彼女が備えているからだ。そこから彼女はお年寄りの過去の森へと分け入って行く。そこは豊穣なお話の森だ。
聞き書きも回想も実は情動や行動に焦点があり、言語コミュニケーションの軽視がある。たとえ認知症者であっても言語というのは世界を築くための強固なツールなのだ、という指摘は鋭い。民俗学には驚きを受け止めるコードとツールがある。そこでは聴き手のほうが学ぶ立場になる。民俗学者よ、介護現場へ…と著者はいうが、高齢者がただの情報提供者になってもらっては困る。介護が民俗学のツールになるのではなく、民俗学が介護のツールとして使えるなら、介護職よ、民俗学へ…という招待の書として読む方がよいだろう。
実際には著者が実践しているのは民俗学以上のものだ。それは対象に深い関心を抱き、相手との関係に巻きこまれていくという、介護現場になくてはならない姿勢である。なぜなら介護とはまず何よりもコミュニケーションだからである。
この驚きの感受性をひたすら摩耗させていく介護現場のおそるべき過酷な勤務実態をも、本書は明らかにする。介護現場の希望と絶望、その両方が見えてくる。
(共同通信配信、『北日本新聞』4/1付け、『南日本新聞』4/1付け他)
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