2012.05.01 Tue
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人は、おぎゃーと生まれた瞬間にだれも頼んでもいないのに、その国に登録される。
日本人なら、菊の紋章のはいったパスポートを持っていれば、外国への通行も保障されるが、同時に妨げられたりもする。なぜいちいち、移動を許可されたり、拒否されたりしなければならないのか。国家にそんな権限をあたえたのはいったいだれか。
『国境お構いなし』というタイトルは、文字通りの願望がこめられている。「お構いなし」は、江戸時代のことばでは、お上の関知するところではない、無罪放免という意味をもっている。わたしが境界を移動するとき、国家なんかに構ってほしくない。国境お構いなし、と上野さんは念願する。
空気、匂い、光。あらゆるものが異質性の信号を送ってくる。からだじゅうがそれらすべての信号をとらえようとして、感覚が全開になる。テンションが上がる。やみつきになる。外国にいることを実感する。言葉が通じない。ことばを発するたびに、口のなかがからからにかわく。外国にいると何でもないことに時間とエネルギーをとられる。だが待てよ、この面倒くささを味わうためにここまで来たんだったと、思い返す。裏返せば、すべてのものが自分から等距離になる感覚と言い換えられる。自分がそこに属さないからこそ、こんなにも享受できる未知の風景。世界はなんて広くて、多様で、知らないことに満ちあふれているのだろうと、喜びに満たされる。
だれも国家なんて背負うことなどない。お国を愛するなら人を愛したい。人を愛しつづけたい。異郷でうけたひとの情けがおもいがけない贈り物のように身に沁みる。ただ純粋に異文化と、人との愛を感じたい。心の境もはずれる一冊である。
堀 紀美子
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