上野研究室

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規格ハズレの女 ちづこのブログNo.87

2015.05.07 Thu

OSK201309270118
朝日新聞北陸版に5週間に一回程度「北陸六味」というコラムを書かせてもらっています。制約がないので、なんでも自由に書けるのがうれしい。最近のコラムをご紹介。

その過程でおもしろいことがありました。毎回コラムにぴったりのイラストを描いてくださっているのが、金沢市在住のデザイナー、田中聡美さん。地元のゆるきゃら「ひゃくまんさん」のデザインをした女性として、知られています。

彼女から最初、こんなイラストが送られてきました。なるほど、「規格品の女」にぴったり。箱の外側には、「秀優良」と等級まで書いてあります。

ですが、これでは規格品のおんなが「女子力高い」系のオヨメサン市場向け女にみえてしまいます。もっとキャリアっぽくならないでしょうか。キャリアも女子力も、両方、という感じで。とご本人にリクエストを出しました。そしたら返ってきたのがこれ。(ご本人の許可を得て転載します)

第15回.jpg
第15回C
驚いたのが、もとのイラストと修正後のイラストとは、まったく同じ女性で、髪型を変えただけ。それだけでこんなにイメージが違うとは!そう考えると、屈強の「女子」の記号はロングヘアだということがわかります。医者向け合コンに行く女の必殺わざがロン毛だったり、しごとのできる女がわざとロン毛で「女装」したり…というのも納得。もひとつ女子の記号はスカート。スカートとロン毛さえあれば、誰でも「女装」できる、ということを実感しました。

北陸六味 規格ハズレの女***********

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. 「四十路越え!」(角川文庫)、「女装する女」(新潮新書)など、怪作を次々とばしている湯山玲子さんと、ぶっとばし対談を収録した「快楽上等!」(幻冬舎)の文庫化にあたって、追加対談をした。そのなかで彼女の指摘を聞いて、うーん、と唸(うな)ったことがある。
湯山さんは元ぴあの社員。女性差別なしに女をがんがん使うレアな会社で働いて、それから脱サラ&独立した。わたしは同世代のなかではまれな大卒女。大学なんぞに行ったが最後、就職もできなければお嫁にも行けない、と言われた世代である。予想通りお嫁には行けなかったが、苦労して就職して大学教師にはなった。女が大学の教壇に立つのはまだめずらしい時代。ある大学で非常勤で教えたとき、男子学生から「大学来てまで女の先公に教わるとは思わんかった」と言われたのを、今でも覚えている。
湯山さんもわたしも、女のなかでは規格ハズレ。親の期待にそむいて女のなかでは少数派の生き方を選んできた。自分たちがやんちゃなハズレモノであることは自覚している。
ところがきょうびのできのいい娘たちは、親の期待に応える優等生たち。息子並みに親にお尻を叩(たた)かれて銘柄大学へ進学し、銘柄企業へ就職している。あれもこれも親の顔色を見て、それに応えようとけなげな努力をしてきた娘たちだ。わたしはこういう娘たちを、「女の顔をした息子」と呼んでいる。
そうだったのか。同じように職業の道を歩む女たちが、いつのまにか、規格ハズレから規格品、それもできのよい規格品へと入れ替わっているとは。言われてみればなるほど、と腑(ふ)に落ちる。
規格ハズレの女である湯山さんやわたしは、それ相応の差別を受け、高い授業料も払ってきた。努力が報われるなんて単純な命題は信じないし、規格ハズレであることで苦労している他のひとたちに理解も同情もある。規格外の女がたまたま当たるか外れるかは時の運。自分を運の強い女だとは思うが、とくべつに能力が高いとも思わない。
それに対して規格品の優等生の女たちは、がんばった分だけ、報酬があると思いこんでいる。なぜならこれまで努力が報われなかったことはなかったからだ。規格外の女は何かを手に入れるために他の何かを犠牲にしてきたが、規格品の女はふつうの女が手に入れるものはすべて手に入れて当然と思っている。そして仕事のほかに、夫と子どもを手に入れた後で、こんなはずじゃなかった、と愕然(がくぜん)とする。職場も家庭も、変化した女の規格に合わない時代遅れの仕様のままだからだ。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. それを的確に描いたのが中野円佳さんの「『育休世代』のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?」(光文社新書、2014年)だ。「わたしたち、ネオリベ(新自由主義)世代の優等生だったはずなのに」という思いが中野さんたちにはある。

なんだかな。同じ話題を共有してるはずなのになんだか話がかみあわない、と感じるのはこのせいだったのか。規格からはずれるのが怖い彼女たちには、上の世代の規格ハズレの女たちの生き方はお手本にならないだろう。湯山さんもわたしも、女の規格からはずれると、こんなにラクでたのしいよ!と呼びかけているはずなのだが。少子化世代は男も女も親の顔色を見る「よい子シンドローム」。ここから脱けだすにはどうしたらいいのだろうか?(朝日新聞北陸版3月6日付け)






カテゴリー:ブログ

タグ:女性運動 / ジェンダー / 上野千鶴子