女の本屋 女性学講座

views

774

朝日カルチャーセンター★受講生レポート1NO.19「日本のフェミニズム」

2012.02.22 Wed

団粒批評家朝日カルチャーセンター★受講生レポートNO.19「日本のフェミニズム」

★日本のフェミニズム:第10回/『フェミニズム文学批評』★2012/1/21 斎藤美奈子先生

≪シリーズ日本のフェミニズム~フェミニズム文学批評≫

リブの始まった70年代、文学批評の界隈は、大正末年から昭和ヒトケタ生まれの男性批評家が…〈化石のような「男流」批評家〉が牛耳っており、彼らが女性作家の作品を十把ひとからげに「女流」とくくっては、〈女流作家は、今まで主観的で一人勝手であり過ぎた。〉(奥野建男)、〈「情に深い」ところがある、と私は思う〉(秋山駿)等々、なんとなく決め付ける形の批評(エッセイ?)を書いていたのだそう。(以上の引用カッコは講座配布物より)

80年代、ようやく論者としての女性も活躍しはじめ、こうした「女流」的決め付けに反駁をしはじめ(駒尺喜美『魔女の論理』、上野 千鶴子・富岡 多恵子・小倉 千加子上野千鶴子『男流文学論』)、90年代は欧米から多様な批評理論が流入するなか、フェミニズム批評が一気にブームに。

いまでは文学批評にジェンダー的視点を導入するのは「アタリマエ」になって、特に「フェミニズム文学批評」というジャンルが世間をさわがすこともなくなった。

また、いくら文学批評界隈で「ジェンダー」が意識されていようが、日常生活の中ではいまだに、70年代のリブが訴えた「性役割分業」「女らしさ」の決め付けへの疑念なんて存外浸透していない。保守的な生活を好む大量の男たち、そして「女らしさ」の一連のリストに抑圧を感じないですんだ女たちは、「フェミニズム」なるコトバからしてなんとなく嫌っている。

そのため斎藤美奈子さんは、本書『11巻 フェミニズム文学批評』の解説冒頭を、〈フェミニズム批評は「歴史的概念」だと考えよう〉と切り出したそうです。

だいいち「フェミニズム」が運動の概念だとするなら、「フェミニズム」と旗をあげたとたん嫌がって、その主張じたい聞き入れたくなくなる人が想定できる以上、「フェミニズム文学批評」なんて名称は「歴史的概念」にしちゃったほうがいいんじゃないか。大事なのは「その男女感覚、変じゃない?」と思って文芸にふれる感性であって、「フェミニズム文学批評」という旗印ではない、という考えもあったとのこと。

それに、「フェミニズム文学批評」はおろか「文学批評」じたい、多数の人に読んだり書かれたりすることはありえず、それよりむしろ、小説(や漫画)をジェンダーの視点で読みといたもの(=フェミニズム文学批評)を読む経験を通して、自分の日常生活を批判的にみる目、「ジェンダー・リテラシー」なるものを培うのがいちばんだいじではないか、と斎藤さんは考えた。

つまり「肉を斬らして骨を残す」といったかんじでしょうか。「肉」とは即ち「フェミニズム」なるラベル、及び「文学批評」なるジャンルで、「骨」とは即ち「ジェンダー・リテラシー」。なるほど実学的!

しかし。この本の想定読者って、『新編日本のフェミニズム』全十二巻のボリュームに圧されず書架に近づいて、さらに『11巻フェミニズム文学批評』を手にとろうといういわば「猛者」なんだから、「フェミニズム」という語に対する敷居をさげるのは無駄な努力な気も、しなくはない。

講座内では、フェミニズム批評ダイジェスト版として、歌謡曲の歌詞のジェンダー読解がありました。(※以下の歌詞は、どれもインターネットで探せます。「反フェミニズム」「親フェミニズム」がどこらへんかは、じっくり比べればわかると思います。)
◎『なみだの操』殿さまキングス/作詞・千家和也/‘73年→反フェミニズム
◎『女のみち』ぴんからトリオ/作詞・宮史郎/‘72年→親フェミニズム
◎『さそり座の女』美川憲一/作詞・斎藤律子/‘72年→反フェミニズム
◎『心のこり』細川たかし/作詞・なかにし礼/‘72年→親フェミニズム

「みなさん、この歌、知ってますよね?」と受講生に投げかける斎藤さん。
し、知らないよ; 『さそり座の女』のみがコロッケのパロディーにより知ってただけで、ほか三曲は、神に誓って知りません。私は74年生れ。朝カルの「日本のフェミニズム」の教室では、このようにアラフォーにして周囲の受講生から浮いてしまうのです。〈歴史的概念〉。むべなるかな。

しかし、これがリブの人たちのBGMだったのか…。かわいそうに。きっと当時の男性諸氏は、「あなたが好きー捨てたら死ぬわー♪」という女の絶唱を、南国調のとろっとしたテンポのぬるま湯みたいな楽曲に溶かし込んで、「生殺権は俺(=家父長)にあるフフフ」とか微笑んできもちよーく聞いてたんだろう。

いや、70年代は、歌謡曲がこういう温泉みたいなのばっかり。文学界隈も〈化石のような「男流」批評家〉が喧々諤々するなかで小説の評価が定まってと、女にとって娯楽がほんっとに心底つまらなかったおかげで、女たちで集まって「第二派フェミニズム」みたいな、日常をイガイガさすメンドクサイことを言いたてることがそれなりに面白く感じられたんじゃないか…。

今回もいろいろ考えました。

受講生:杵渕里果

カテゴリー:拡がるブックトーク2011

タグ:女性運動 / / 朝日カルチャーセンター / フェミニズム文学批評 / 斉藤美奈子 / ジェンダー・リテラシー / 男流批評家 / 親フェミニズム / 反フェミニズム / 歌詞のジェンダー読解 / 受講生レポート