「岐路に立つ社会政策とジェンダー ―少子化社会対策大綱と第4次男女共同参画基本計画素案を読む―」が、10月9日(金)18時30分~ドーンセンターで開催された。講師は、福井県立大学教員の北明美さん。 
講演の主な内容は以下の通り、
Ⅰ.「第4次男女共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え方(素案)」(2015年7月)について
・策定方針では男女間格差の是正のため「踏み込んだポジティブ・アクションを実行する」となっていたが、最終的な「素案」の「ポジティブ・アクションの推進」では、企業に対する単なる「応援」程度のものになっている。「見える化」等を通じ、女性の活躍に積極的な企業が評価されるよう努めるとされるだけで、介入するのでも義務づけるのでもなく、企業の自主的な取組を「ほめて育てる」ことに施策をあくまで限定する。これをポジティブ・アクションと呼んでいるにすぎない。
・他方、労働者・女性に対し約束されるのは育児休業・介護休業、短時間勤務の「利用促進」といった具合で、何年も前からすでにある法律・制度の利用促進という当然のことを述べているだけである。
・「雇用の分野における男女の均等な機会と待遇の確保対策の推進」についても、「事業主が報告の求めに応じない場合や、勧告をされたにもかかわらず違反を是正しない場合には、過料、企業名の公表等」を行うというが、これもまたすでに法に定められた措置を今頃ようやく実行するというだけのものである。また、間接差別についても「間接差別となる措置の範囲の見直しの『検討』」にとどまる。
・男女間の賃金格差の解消についても、「公労使により賃金格差の是正に向けた検討」、またもや「見える化」、評価制度等の「見直し」促進が書かれている程度で、「非正規雇用労働者の処遇改善、正社員への転換支援」も同様の「検討」や「企業支援」のみである。
・「長時間労働の削減などの働き方改革」では、「労働基準法の改正」等「更なる取組を検討する」と、あたかも「残業ゼロ法案」が、長時間労働の削減につながるかの如く掲げられている。
⇒ジェンダーの視点で、あらゆる施策を点検する姿勢がない 
・「児童扶養手当等の経済的支援策を『実施』し、離婚家庭以外の児童の支給要件についても『周知を図る』」⇒児童扶養手当も以前からある制度。離婚家庭以外に適用される場合があるのも以前から。これらを実施・周知するのも当たり前のことにすぎない。これで新しい基本計画といえるのか。
・「ひとり親家庭等の自立を社会全体で応援すべく、子供の未来応援国民運動を展開していく」等、「国民運動」という言葉が妙に多用されている。指導的地位にある女性を30%にする「2030」が進捗しないのも「国民運動」にならなかったからだと、国民の意識・意欲のせいであるかのように記述している。最近の「一億総活躍社会」という言葉からも、戦前・戦中と似たような「精神総動員」を求める状況が作られようとしているかのようだ。
*ジェンダー平等に不可欠の条件である社会政策・社会保障について独自に語ることのない基本計画
 ・「男女の多様な選択を可能とする育児・介護の支援基盤の整備」という項目では、「『地域包括ケアシステム』」の実現を進め、家族の介護負担の軽減を図る」と書かれているが、最近の介護保険の改訂は、そうした軽減をはかる方向とは思えない。また、「『子ども・子育て支援新制度』を着実に進める」としているが、ここでもすでに決められた政策を追認しているだけで、独自に分析した形跡がない。

Ⅱ 「少子化社会対策大綱」(2015年3月20日、閣議決定)について
 ・晩婚、晩産を食い止め、早期結婚、早期出産を促すことを強く打ち出している。
 ・大綱作成のための検討会に参加した人口問題の研究者が、今までの子育て支援策では効果がない、少子化の要因の8~9割は、晩婚にあるとして、結婚・出産を早めることを強く主張。
 ・だが、政府資料「主要国との国際比較」を見ると、初婚年齢や第1子出産時の母親の年齢が他の先進国と比べさほど遅いとは思えない。むしろ、長時間労働(週49時間以上)の割合が日本は突出して高く、家族関係社会支出の対GDP比は日本が非常に低い。⇒やはり長時間労働と、子育て支援ができていないことが、日本の少子化の元凶としか思えない。
・高齢化の中で、家族の私的な介護が限界にくる一方、税を使って中間層にまで介護サービスを提供するのはいかがなものかという理屈で、当時の厚生省がつくり上げたのが介護保険である。企業が介護の市場化を狙っていた時期でもあった。企業としては営利を追求したいが、同時に競争に負けないよう利用料は公的施設並みに抑えたい。そこで、税金や保険料という公金で運営費を補助してもらおうと考え出されたのが代理受領方式である。1割自己負担9割給付の場合、本来は利用者に渡す9割の公的補助を事業者に代理受領させ、利用者本人は直接には1割の費用を払うだけという仕組みをつくった。サービス内容の規制や介護報酬が公定価格という公共性は残しているが、このようなやり方で回り回って、税・保険料を民間企業は営利のために使えるようになった。
・全く同じことをやったのが「子ども・子育て支援新制度」。独自の保険料はまだ徴収されていないが、介護保険と同じように、保育単価のうち利用者の一部負担を除く部分への公的補助を、事業所に代理受領させる。
・これは育児・介護の社会化というよりは準市場化をテコにした市場化の方向。直接的なサービス給付・現物支給ではなくて、現金給付。その結果、どうなるか。↓
・「子ども・子育て支援新制度」では3歳未満の待機児に対し、認可保育所ではなく小規模な安上がりの地域型保育、専門資格のない保育者で主に対応しようとしている。これでは賃金・労働条件の改善は一層難しくなり、非正規化もさらに進む。また、地域子ども・子育て支援事業は、予算の範囲内で自治体がやってもやらなくてもいい事業だが、ここに延長保育や病後児保育も入っている。

  Ⅲ 介護保険法の改訂 ・今年度から「要支援1、2」が介護保険給付から外され、市町村の予防事業等と一体化する方向が決まった。地域子ども・子育て支援事業と同じく、財源の範囲内でやればよく、担い手も無資格者、住民ボランティアでもよいとなった。これも専門的な介護職員の賃金を引き下げる重しになる。
・一定以上の所得のある利用者の自己負担も引き上げ。利用者負担を上げると受給抑制がはたらくので、サービスの供給量を減らせるということも狙いである。さらに特別養護老人ホーム等の補足給付の基準を厳しくし、世帯分離していても夫婦の年金等の収入を基準にすることに。介護保険が個人単位どころか世帯単位に変節しつつある。貯蓄等の資産も勘案される。これでは、介護保険の生活保護化。
・財源難だから・国債残高が累増しているから・少子高齢化だからしかたがないと繰り返されている。しかし本当にそうか。フェミニストが財務省の垂れ流す財政危機論を無批判にうのみにしていてよいのだろうか?
*消費税のジェンダーバイアス:正社員を派遣社員におき換え、「人件費」を「物件費」化すると、「仕入れ税額の控除」の対象となるので、企業の税軽減策にもなる。消費税の拡大は非正規化を進める。
・フェミニズムがそのときどきの支配的な経済理論や官僚の政策にからめとられる危険を改めて痛感する。竹中先生の労働力商品化体制論のように社会全体と歴史を見通す視座が必要だ。


<感想>  *130ページもの「素案」を特に問題のある個所に絞って、問題提起していただいたエネルギーは、「凄い!」の一言です。特に、「女性の活躍」と繰り返し言いながら、突然「1億総活躍」という首相のもとで、どんな政策も実効性を持たないのではと悲観的になる日々です。「ああやっぱり……」と思ったのは、ポジティブ・アクションの具体策が、ほとんど「企業の取組支援」にとどまっているという指摘にです。
 *税と社会保障の、性に中立的な制度への改編は、積み残しの大きな課題。これも、全体の税制改革でと言い、非正規の増が男女共同参画を阻んでいるという指摘や残業規制で男性の働き方の見直しが必要と言いつつ、国会上程中の「派遣法」「労働基準法」改悪を進めていく立場という矛盾を抱えたもので、基本計画に横断的組織であるからこその表現が見当たらないのは、大いに不満。
 *講師の「子ども手当・児童扶養手当」関係が、第3次基本計画に比べて極端に少ない。子育ての社会化とどう結び付けられるのかという指摘に、やはり、「民主党政権」だから取り組めたこともあると、改めて「残念感」が。
 *私は、もうひとつ、第3次基本計画でやっと「無償労働の把握等のための調査・研究———家事、育児、介護、ボランティア活動などの無償労働の把握や家庭で担われている育児・介護などの経済的・社会的評価のための調査・研究を行う」と記載されたアンペイドワークについて、一切記載がないことを本当に残念に思う。介護保険の今回の改悪や子ども・子育て新制度との関係で極めて問題であり、残念に思う。
 *さらに「未締結の条約等に関する検討」で、世界的に恥をさらしている「女子差別撤廃条約の選択議定書」が「早期締結について真剣に検討」とは、恥ずかしい限りである。また、「家事労働者条約(ILO第189号条約)」についても戦略特区(大阪府・神奈川県)で「外国人家事支援人材」が9月に施行され、年度内にも実施されようとしているときに、「具体的な検討に着手する」にとどまっていることなど、他の未批准条約への姿勢とともに不満が募る内容である。
 *二つ目の課題の「少子化社会対策大綱」と「子ども・子育て支援新制度」については、中途半端な私の知識を、きれいに整理して下さった。介護保険制度とこれほど連動していようとは思いもしていなかった。
 *最後の「大きく社会全体や歴史を見通す視座が必要」との指摘を肝に銘じて、今後の活動を行いたい。